げるだの旅日誌

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ミンミの誕生日 #2

続きになります…

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キャラバンストーリーズ外伝
英雄手記 炎の化身 #2
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ポツ……ポツ……

「あっ……」

ポツ……ポツポツ……ポツポツポツ……

雨が降り始め、あっという間に嵐になり雨粒が荒野に染みを作る
ついていない、まったく、本当についていない

ミンミは独りごちた

雨の中なら幾らかは炎魔法の訓練はしやすかろう
多少の雨なら体格にはあまり似つかない大きな魔法使いの帽子が遮ってくれる

とはいえ限度があり、風が強くなってくればローブが濡れてミンミは体温を奪われるだろう
そしてそうなると問題はミンミの体調だ
雨に打たれて風邪をひいてしまってはキャラバンの皆に迷惑がかかる
厄介事は魔法の事だけで十分過ぎる

唯一のメリットは泣いてもバレにくいことか

「……あれ?」

ミンミは異変に気がつく

訓練に集中しすぎたせいで気がつかなかったが、辺りは雨音のみが支配しておりビーストの姿が見当たらない
ミンミの炎魔法に怯えて逃げ出したのか?

いや、そうではない
そうではなかったのだ

「……うっ!!?」

酸鼻を極める光景にミンミは思わず顰める
ビースト達が一匹残らず惨殺されていたのだ
雨がビーストの血を洗い流す

凄惨な光景に釘付けになりながらも近くのビーストの亡骸を調べる
胴体に巨大な大穴……?
隣のビーストも同様だ……他の冒険者が倒した?
そんなはずはない、わざわざ人気のないところまでやってきて魔法の訓練をしているのだ

ミンミはとあるビーストの亡骸を見た
巨大な針のようなものがビーストを貫いていた
何処からこんなものが降ってきたのか?

逡巡する暇もなく、その針はなんと自ら動き出したのである

「えっ、何!?」

ミンミは即座に箒を構えて針の動きに警戒する
針はゆっくりと宙を浮き……宙を浮く!?

「えっ……!?ええ!?」

巨大な針がいくつも宙に浮かび中央には巨大な黒い球のような物体が浮かぶ……
なんと、ミンミの目の前に現れたのは魔獣と呼ばれている怪物だった

ご存知の方も居られるかもしれないが魔獣とは未だ生態や発生原因が特定できていない未知の怪物の名称だ
エニグマと呼ばれるゲートから排出され人々やビーストをも襲う謎の生物……
いや、生物なのかどうかすら判らぬ魔獣によって街をまるまる壊滅させられた都市もあり、今はイアル中の種族が魔獣討伐を行なっている

そしてミンミの眼前に居る、まるでウニのような風貌をした黒い塊もまた魔獣の一種で強敵である
魔獣はミンミの事を待っていたかのように空中に佇んでいる
桁が違う相手だ

「嘘……全然気配がなかったのに……!」

魔獣が現れる時は必ず予兆があるはずである
空が割れ轟音とともに魔獣は現れる筈
いや、冒険家達が単にそう思っているだけなのかもしれないしミンミが気がついていなかっただけかもしれない……
兎に角、ミンミの眼前には醜い黒き怪物が顕現している……これだけは事実だ

「きゃあ!!」

ミンミは突然の恐怖で小石に躓き転げ尻餅をつく

バスッ!!

ミンミが先刻まで立っていた場所に黒い針が地面に突き刺さり、抉り、大穴を開けた
少しでも遅れればミンミは鵙の早贄のように串刺しになっていただろう
そして河原で石を積む羽目になっていた

「や……やめて……」

ミンミは顔を青褪める
箒を持つ手が自然と震える
目の前にある死という恐怖が彼女を締め付け始めた
魔獣に言葉は通用しない

キャラバンのチームどころか、冒険者総出で撃退できるか出来ないか……
そんな桁外れの強さを持つ魔獣がミンミの前に現れたのだ
そしてミンミはたった一人

逃げ出す?
無論ミンミの選択肢は逃げ出す以外に道はない
しかしここからはキャラバンからかなり離れている

しかしこの身を隠すところも少ない荒野に巨大な魔獣がミンミを射竦めるのだ

魔獣は幾重もの針の先端をミンミに向け始めた
とうとう本格的に攻撃をする体制に入ったのだ

「わ、私は……」

恐怖で足が震える

ミンミも死線はいくつか乗り越えてきた
しかし今の状況は、今までで一番絶望的な状況
とにかく今は逃げるしかない

「ほ、炎よ!!」

ミンミは炎の雨を魔獣に降らせる
否、魔獣には当たっていない!目くらまし!
魔獣の前に巨大な炎の壁が生成され視界を遮る

突然の炎に視界を遮られ針の挙動が僅かにずれる
燃え盛る炎により足止めも出来ているが、あくまで虚仮威しに過ぎない

この隙に少しでも遠くへ……
なんとか身を隠すことができる場所を見つければ……!

しかし魔獣は新たな行動に出る
摩訶不思議の力で八の字の挙動を取ったと思うと、ピンボールの球を射出したかのように跳躍した
そして狙うはミンミの身体!

「きゃあぁ!!」

魔獣の身体は地面を抉り吹き飛ばす
まるで隕石が落下したような衝撃

直撃は免れたものの衝撃と風圧により矮小なミンミは吹き飛ばされる
もし当たっていれば惨たらしく潰され大地のシミと化していただろう

ローブが雨水を吸い重くなっていく

「ぐ、ぐぅ……!」

しかし衝撃だけでもミンミへのダメージは大きかった
破砕された岩の破片により無数の傷が出来ている

魔獣は慈悲なく淡々とミンミに攻撃を放つ
右、左、右、左……
ミンミを弄ぶかのように針を地面に突き刺し寄ってくる
ミンミを弄んでいるかのようだ

ミンミは仰向けになりながら後ずさりするものの、不運にも背後には大きめの岩
冷たい感触がローブ越しに伝わる
逃げ場は失われた

「ひっ……!!」

黒き魔獣から放たれた針はミンミの胸に目掛けて射出された
そして針はミンミの心臓を抉り血を撒き散らせ一瞬で肉塊に変わり果てるだろう……万事休すか
ミンミは強く目を瞑る

バシィッ!!

激痛の代わりに何かの衝突音
ミンミの身体は無事であった
魔獣の針はギリギリ身体を外れて地面に突き立っていた

「こ、これは……?」

ミンミの足元に転がる茶色の物体……
砕けてはいるが……

パン?

パンが飛来して針を弾き飛ばしたというのか?

「ミンミちゃん、大丈夫!?」
「魔獣が!!」

助けに入って来たのは、アメリアとロロミュだった

「ふ、二人とも!どうしてここに!?」
「様子を見に来たの!うん、見に来て正解だったわね!」

豪胆なロロミュは魔獣の前で格好可愛くポーズをとる
二人でミンミの様子を伺いに来た途中、先刻の爆音(これはミンミが起こしたものだが……)と遠巻きから黒い魔獣の姿を見た為、押っ取り刀で駆けつけたのだ

「で、でも相手は魔獣です!何とかしてキャラバンまで逃げないと!」

アメリアは何処からか取り出したパンを構えて魔獣と対峙する
ロロミュは腰を抜かしたミンミを素早く肩で抱え上げ魔獣から距離を取る

「そんなこと言ったって、かなり離れてるわよ!?」
「そ、それは……どうしましょう」

状況が好転したわけではない
アメリアの信じられない人間離れした豪速球パンにより敵の針を弾き、ミンミは一命を取り留めたものの戦況は不利のまま

「マズイわね……」

アメリアもロロミュも後方支援を得意とする冒険家、そして魔法を扱うミンミも当然後衛担当だ
敵の進軍を抑えつつ打撃を与える騎士や武道家は今は居ない
更にはアイドルを目指すロロミュや肉体労働もあるアメリアと違い、ミンミは体力がない
先の針攻撃に晒されれば鎧袖一触、あっという間に三途の川を渡ることになるだろう

「ミンミ、まだ戦える?私が囮になるわ!」
「そ、そんなの危ないよ!無理だよ!」
「いいから!もうみんな危ないんだし!私が歌って注意を引きつけるから、その隙にあんな魔獣は焼いちゃって!」

ロロミュはミンミの肩に手を当てる
今はミンミが、ミンミだけが魔獣へ対抗できるのだ
ロロミュは自身の無さげなミンミの顔を一瞥し笑う

それは合理的ではあるが無謀な賭け

「う、うわああ!!」
「きゃああ!!」

魔獣は地面を抉る針の攻撃を再開した
無数の黒い針がミンミ達に襲いかかる

はっと我にかえるミンミは咄嗟に炎を放ち魔獣の針を迎え撃つ

運良く直撃は避けるもミンミのローブは所々裂け、血が滲む
アメリアは?ロロミュは?
無事だ、三人とも攻撃の第一波を無事やり過ごしたのだ

「こっちよ化け物!」
「ろ、ロロミュ!!」

ミンミの制止を振り切りロロミュは華麗なステップで針を躱し、小石を拾い上げて魔獣へ投げつける
ロロミュは魔獣のヘイトを買いつつ注意を逸らし血路を開くつもりだ
キャラバンにさえ着けば勝機はある!

「ミンミ早く!炎を撃ちながら逃げて!」
「ロミちゃん危ない!」

三人は魔獣に対して引き撃ちを開始した
簡単に言って仕舞えば逃げながら敵を攻撃しているだけである
しかし引き撃ちは合理的であり、ミンミたちに残された唯一の対抗手段だ
一つは逃げながら打つことで敵との距離を取り攻撃を回避しやすくなる点
近くなれば近くなるほど判断に費やす時間が短くなり自然と被弾が増えてくる
もう一つは先にお伝えした前衛がいないこと
敵の進軍を抑えつつ的に有効打を与える時間を稼げない今では引きうちが最も有効であると言える
但し敵への攻撃命中精度は著しく下がるのが問題か

そして今最大の理由は、勝ち筋がキャラバンへたどり着くことだからだ

「燃えちゃって!!」

華奢な体に鞭を打ちミンミは必死で走る
後方の魔獣から目を逸らさず箒を振るい炎を放つ

アメリアもパンを投げて支援する
豪速球で投げられるパンは流れ弾で飛んでくるミンミに当たりそうな針へ的確に当てていく
当たったパンは針を弾くか、対消滅させていく
対消滅?果たしてアメリアはどんなパンを投げているのか?
そこは触れてはいけない闇だとお伝えしておこう

「やあっ!!」

ミンミの火炎弾は魔獣に当たる
しかし表面を僅かに焦がす程度しかダメージを与えられていなかった
魔獣には弱点であるコアという部位を削らないと直ぐ再生してしまう特徴を持つ

距離の離れた対象物に火炎弾を的確に当てるのは非常に難しい
ましてや逃げ打ちの最中、ロロミュに攻撃を仕掛け動き回る魔獣なら尚更だ

「図体ばかりデカイだけして……アイドル舐めないでよね!!」

ロロミュの軽やかな緩急つけたステップは魔獣の狙いをブレさせる
必要最小限の動きで針を躱しアメリアとミンミに行かぬよう立ち回る
ミンミの目から見て、まるでロロミュが二人いるかのような錯覚を受ける

「え、えいっ!!」

いくら走っただろうか?
実際には五分と経っていない
しかしミンミには何時間もの戦闘を行なっているかのような錯覚
死と隣り合わせの鬼ごっこにミンミは必死で逃げ惑う

そしてキャラバンの方角へと走りつつ魔法を放つのはミンミには非常に大きな負担だ
徐々に息が上がり足がもつれそうになる
しかし排撃の火炎弾は着実に魔獣へと当たり怯ませる

「し、しまっ……!!」

しかし快進撃も長くは続かなかった

ロロミュが足を取られバランスを崩す
魔獣はこのわずかな隙も見逃さなかった

「ロロミュ!!」
「ロミちゃん!!」

再度放たれる針の雨

ミンミは必死にロロミュに放たれた針を防ぐために箒を振るう

だめだ、間に合わない!!

キャラバンストーリーズ外伝
英雄手記 炎の化身 #3へ続く

げるだ

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