タリスの旅日誌

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ロマンス? マブダチ?


記録者:カール・デーン

「ねぇねぇ、マンドラゴラは赤ワインをかけて洗ってあげるんじゃないの?」
 キャナルの素っ頓狂な声が聞こえてきたので、気になってビーストの部屋を覗いてみた。フィロメナがマンドラゴラの世話をしているところだった。
「え? それは何か、魔術的な儀式なのでは?」
 フィロメナが目を丸くしている。
「ちょっとキャナル、そんな情報どこで仕入れたのさ」
 僕が声をかけると、キャナルは横目で睨んできた。
「あ、カール。やだなあ、盗み聞きしてたの?」
「違うよ、通りかかったらキャナルの大きな声が聞こえてきたんだ」
「何かの文献で読んだ気がするんだけど」
「え、本読んだことあるの?」
「カール……! あたしだって本くらい読むさ」
「ちょっと! ビーストの部屋で騒がないでくれる? デリケートな子たちもいるんだから」

 僕たちがギャアギャア言い合っていると、部屋の奥のほうから、メラが姿を現した。ダイオウヒツジの世話をしていたようだ。メラらしいね。
「マンドラゴラに赤ワインをかけて洗うっていうのは、伝承として伝わっている魔術的なものよ。絹の布でマンドラゴラを包んで木の箱にしまっておくのだけれど、たまに取り出して赤ワインで洗うの。そうすると、予知した未来を語ってくれるっていう……。でも、それを繰り返すとマンドラゴラの命を削ることになるのよ」
「あ、そういうことなんだ……」
 僕はメラの知識量に感心した。
「ごめんね、フィロメナ。あたしの勘違いだった。もし赤ワインで洗うなら、ラスベルからワインをもらってこようかと思ってたんだけど」
「こらこら、そんな呪術のようなものに、私のワインを使わないでくれたまえ」
 僕たちの声がよほど大きかったのか、ラスベルまで部屋に入ってきた。
「あの、キャナルさん。マンドラゴラには水以外かけないでくださいね」
 フィロメナがものすごく不安げに言った。そりゃそうだよね。
 その時、仁王立ちになったメラが、ずいっと前に出た。
「大丈夫よ、フィロメナ。あたしが目を光らせてるから。ーーキャナル」
「なに?」
「もしマンドラゴラに変なことしようとしたら、容赦なく殴るわよ」
「し、しないよう! リザはフィロメナの大事な友だちでしょ? 悲しませるようなことはしないよ」
 メラの目は、(どうかしら……)という疑いに満ちていた。僕も同感。
「あなたのワインも見張っておくわ、ラスベル」
「これはこれは、お気遣いありがとう。心強い限りだ」
「いいのよ。あたしにできることがあったらなんでも言ってちょうだい」
「……おや」
「どうしたの? ラスベル」
 ラスベルの視線は、メラの横顔に注がれていた。僕が声をかけると、我に返ったようだった。
「ああ……メラ嬢の横顔は、とても美しいなと思ってね」
「えっ?」
 不意を突かれたメラが、大きく目を見張った。
「僕は瞳の色が好きだな」
 思わず言葉が出てしまった。それを受けてラスベルは、目を細めて満足そうな優しい笑みを、顔いっぱいに広げた。
「そうだね。稀少な宝石のように透き通った綺麗な瞳だ。カール君、きみはなかなか審美眼があるじゃないか」
「そう? えへへ」
「そこまで言われると、さすがに照れるわね。褒めても何も出ないわよ?」
 メラが照れ隠しに言うと、ラスベルが微笑みながら、ゆっくりと首を横に振った。
「きみはオークの中でも美しい人だと思う。激しやすいが気品があって、鋼のような芯を持っている。仲間への思いやりもあるし、気配りも上手だ。貴婦人としての品格を持ち合わせていると思うよ」
「やめてよ。あたしは令嬢なんてガラじゃないんだから。ーーもしかして口説いてるの?」
 メラは笑いながら、冗談半分で言った。
「……ふむ……」
 一瞬口をつぐんだラスベルは、ぼんやりと夢を見ているような面持ちになった。改めて、自分の心はどこにあるのだろうかと探っているような……。
「ラスベル?」
「いや、すまない。もしかしたら、そうかもしれないと思ってね。今まで考えたこともなかったが」
「恥ずかしげもなく言うのね。冗談よ、本気にしないで」
「私が知る中で、君ほどの気品を持った貴族令嬢は少ない」
「なあに? それも口説き文句?」
「そう聞こえてしまったのなら謝るよ」
「まあいいわ。貴族様の気まぐれと受け取っておくわ。私たち、とっても気の合う友だちになれると思わない?」
「おや。私は既に、その友になっていたつもりだったのだが……?」
「ああ! ごめんなさい。そうね、私たちはもう友だちだったわね! ふふっ」
「ふふふ……」


 我が心 ゆらりゆらりと もやのなか
                       ラスベル


「そうだ、今夜は満月だ。どうだろう、私と一緒に最高のワインを堪能しないかね? 白ワインはお好きかな。満月を愛でながら味わうのにぴったりな銘柄を取り寄せたばかりなのだよ」
「あら、いいの? じゃあ、ご相伴に預かろうかしら。高級なワインなんて滅多に味わう機会なんてないものね」
 メラは満更でもないみたい。
 フィロメナは唇の前に人差し指を立てて、キャナルと僕とマンドラゴラを部屋から連れ出した。もうすっかり、二人の世界に入っている。

 一方で、この二人のやり取りを覗き見していた男たちがいた。
「マルバスよ、あれが熟成した男の口説き方ってもんだ。お前さんにゃあ絶対に真似できねぇな」
「はあぁぁ……。何を言ってんのさ、レベルが違うよ、レベルが」
「女にモテるにはどうしたらいいのか、なんて相談持ってきたのはお前さんだろ。さあ、授業料払いな」
「あーあ、ヴィンガに相談するんじゃなかったな」
 渋々ゴールドを手渡すマルバスを見ながら、僕も相談する相手はちゃんと選ぼう、と思った。でも、ヴィンガのおっちゃんはたまに、鋭いアドバイスをくれることがあるから、相談役としては外せない部分があるんだよね。
 僕も勉強になった。
 あの二人はお似合いだと思うけど、マブダチのような絆のほうが強い気がする。だとしたら、カッコイイよねー。

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[タリス]中の人ひと言

お読み頂き、ありがとうございます。
メラの横顔ってホント綺麗だなーって思ったので、私が男だったらこのように口説いてみたいという思いもあり……。
気品とはなんぞやというところでも、そこで思い浮かぶのがメラの気高さだったのですよね。
まさに炎のような激しさやすさは根底にあるものの、粗野な感じはまったく感じられなかったので、〝貴婦人のような〟と称するに相応しい人なのではと感じました。彼女のように知的で、強い芯のある女性に憧れます。
気品とは気高い強さの中にこそあるものなのではという思いもあって、今回、ラスベルとメラの会話が浮かんできましたので書き留めた次第です。
メラはカッコイイ女性ですね。ステキだなー。

人を見る目がある分、ヴィンガおじちゃんの授業料は高そう。
お金の扱い方、上手い人ですよね〜。
守銭奴ではなく、ちゃんと回すところに回しているし。
高くつくけど、ヴィンガにお金を払うだけの価値はあると思うのですよー。


タリス

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