: 旅日誌 : 今日の当番【ソロ】
どれ、私もひとつ、書いてみようかね。
ポルカくんに撮ってもらった写真をアルバムに整理するだけにしようと思ったが、見ているうちに書かずにはいられなくなった。というのもーー
話が脱線するが、フィッツバルトくんの戦いぶりを、じっくり見たことがあるかね。
彼の斧捌きは華麗で、優雅で、洗練されている。斧使いであるというのに、粗暴さがひとかけらもない。あのキレの良さは信念がブレていない証拠だ。
そんな彼の美しい所作を観察していて思った。ラスベルくん、ガルゴゴくん、フィッツバルトくんの三人を編成に加え、並んでもらったら素晴らしい光景が見られるのではないかと!
撮影はポルカくんにお願いした。
ビーストとの戦闘で勝利したあと、三人はそろって敬礼する。
さあ、ご覧あれ。(写真参照)彼らの美しい最敬礼を!
さすがは騎士と元騎士と貴族紳士。唸るほどに見事なものだよ。
栄光は過去のものとなり、悲劇により深い恨みを抱きつつ吸血鬼となったが、根底には騎士道精神を根付かせ守り続けている男。首を失い、幽影騎士団長として死してもなお騎士の誇りを持ち続け、密かに第二の人生を謳歌している男。甘美な香りに魅入られ、ワイン作りに一生を捧げるほどのこだわりを持つ理知的な貴族紳士ーー。
生き様は三者三様。だが、芯として持つものは同じだ。
記憶は夢で整理されるものだが、こう歳を重ねると、何が夢でどれが現実なのかわからなくなってくる。困ったものだよ。
書いて記録することは、老いた頭の刺激剤にもなろう。
ネロに怪しげな双子の館が出現した。
どちらもお菓子が散りばめられ、至る所にカボチャ提灯の飾り付けがされて悪戯心が満載だ。
光あるところに、影はあるもの。
一見華やかだが、その後ろに伸びる影を見逃してはならない。
しかし、だ。
ハロウィンのお祭りの時期は好きだよ。色鮮やかで、賑やかしく……生者も、死者も共に楽しむ収穫祭。
そう、本来は秋の実りを神に感謝する収穫祭だ。そして静かに死者を想い、弔う祭り。
昔とは随分と様変わりしたものだ。
時代が移り変わるなら、楽しまなければもったいない。そこで、怪しげな館に飛び込んでみた。コフュティくんというオバケからビーストに変身できるという煙玉をもらったので、デビフライに変身してみた。
蝶というのはこのように飛ぶのか。身も心も軽くなり、嬉しくなってネロの街中を飛び回ってしまった。パンプキンマンにも変身してみたよ。こちらは少し歩きづらかったな。長い竹馬を脚にくくりつけたようで面白かった。視界も高くなって、風を切るように歩くのはとても気分が良い。
こんなに楽しい経験ができるとは! 長生きはしてみるものだね。
「ソロ殿……?」
闇の中から声がした。誰かが入って来たのにも気づかず、書くことに没頭していたようだ。
「こんな夜更けになにをしている」
ランプの灯りに照らし出されたのは、かの吸血鬼であった。
「やあ、ガルゴゴくん。ご機嫌いかがかな。とても面白い経験をしたものでね、『旅日誌』に書き残しておこうと思ってさ」
「なにも夜中に書くことはなかろう」
「例の如く、眠りが浅くてね。ラスベルくんのワインを味わっていたところだった」
「どおりで、減るのが早いと思ったよ」
噂をすれば影、か。本人のご登場だ。
「嗜んでいいとは言ったが、熟成を楽しみに待っているものもあるのでね。また館に戻って、何本か補充しなくてはならないな」
これはしたり。釘を刺されてしまったが、表情は柔和なものだった。生まれ育った環境によるものか、元々の性格からなのかわからないが、叱り方も優雅なものだよ。おっと、このような表現をすると、アリアロくんに怒られるかな。(物心ついてからの後天的な)性格とは環境によって形作られるものです、と。〝生まれ持った気質によるものか〟……と、訂正しておこう。
「そんなに飲んでいたかな。すまなかったね。しばらく自粛するとしよう」
少し残念そうに見えたのか、ラスベルくんはふっと柔らかく笑った。
「代替案として、こちらの果実酒はいかがだろうか。ミグノノのアイディアで、ポムムの実とランズ岬で採れるランズベリーを合わせてみた。口に合うと良いのだが……」
「ほーぉ……甘そうな香りだが、あっさりしていて飲みやすいねえ。ガルゴゴくんも、一緒にいかがかな?」
「……せっかくだ。頂こう」
妙な連中に巻き込まれてしまった、といった表情だが、おとなしくグラスを受け取ってくれた。
「面白い味だ。ポムムの実がこうも変わろうとはな」
「それは不味いということかい?」
ラスベルくんが身を乗り出した。研究する者としては気になるところだろう。
「不味くはないが、好みによるな。我には少し物足りぬ」
「そうか。やはり難しいね。忌憚のない意見をもらえるのは大いに助かる」
「万人受けするものを作るには、相当な努力と時間が必要だよ。アメリアくんもパン作りで苦労していたと聞いた」
「職人というのは、難題を突きつけられるほど燃えるものさ。幸い、時間ならたっぷりある」
その時、談話室の入口のほうで蒼い灯りが揺らめいた。私を含め、三人とも同時に振り返ったと思う。目立つ灯りだったからね。
「これはこれは……皆様お揃いで」
フィッツバルトくんだった。己の首を左腕に抱えて、ぽっかり空いた首元からは魂のような蒼い炎が立ち昇っている。
「美酒をご堪能中でしたか。お邪魔でしたかな」
「とんでもない。きみも眠れないクチかい?」
「死して甦った身、眠りからは遠く久しいものです」
「愚問だったね。失礼なことを聞いた。お詫びするよ」
「謝罪は必要ありません。棲む世界が違うだけのこと」
「…………」
ガルゴゴくんが思わしげに目を伏せて、ランプの灯りを見るともなく見ていた。
なるほど、闇夜の子どもたちか。
ラスベルくんは、果実酒の香りに音楽があるかのように、半眼を閉じた状態で耳を傾けていた。もしかしたら二重奏を聴いていたのかもしれない。死した者たちの音楽を。
「せっかくだから、お伽話をしてあげようか。これは弔いのお話だよ」
「謹んで、拝聴致します」
フィッツバルトくんが近くの椅子に腰を下ろすと、他の二人は目が覚めたように顔を上げた。
このように子どもたちにお話をしてあげたのは、いつ頃のことだったかなあ。
「ジャック・オー・ランタンにまつわる物語だ。遠い異国に伝わる話でね……」
あるところに、ジャックという大酒飲みがいました。
彼は普段から素行が悪く、乱暴で、嫌われ者でした。
ある時、彼の前に悪魔が現れて、魂をくれと言いました。
ジャックは悪知恵が働いて、悪魔にこう言いました。
「魂をやる代わりに、頼みを聞いてくれ。最期の酒が飲みたいが、金が足りない。
コインに化けちゃくれないか」
魂をくれるならと、悪魔は言う通りにしました。
ジャックはコインの上から十字架を押し付け、悪魔を財布に閉じ込めてしまいました。
「……なんと愚かな」
「悪魔としてやっていけるのか? そんな男に封じられるとは、不快極まる」
フィッツバルトくんが、思わずという様子で呟き、ガルゴゴくんが呆れつつ口を挟んできた。昔の子どもたちも同じような反応をしたなあ。これだからお伽話を聞かせるのはやめられない。
私はつい、目を細めて笑ってしまった。
「10年は魂を取らないからと、悪魔は泣きながら懇願して解放されたよ」
10年後、悪魔が再びジャックの前に現われました。
「最期にあの木になっているリンゴが食いたい。取って来てくれたら魂をやろう」
魂ほしさに、悪魔はジャックの言う通りにしました。
悪魔が木に上った途端、ジャックはすかさず木の幹に十字架を彫って動きを封じてしまいました。
もう二度とお前の魂は取らないと約束して、悪魔は解放してもらえました。
そこまで話すと、三人とも同じように顔を(フィッツバルトくんは表情がわからないから雰囲気で)曇らせた。この先の話が読めたのだろう。
「寿命が尽き、ジャックは天国へ行ったが、生前悪いことばかりしていたために歓迎されず、門前払い。地獄へ向かうも、悪魔との約束で死ぬこともできない。生者にも死者にもなれず、天と地の境を彷徨うことになったわけだ」
道は暗く、灯りがなければ歩くこともままなりません。
「なあ、頼むよ。灯りをくれないか」
見かねた悪魔が、地獄で燃える石炭をひとつ、ジャックにあげました。
ジャックは道端に落ちていたカブをくり抜き、燃える石炭を入れ、提灯にしたそうです。
「これが、カボチャ提灯の由来となった話だよ」
「元はカブだったのだね」
ラスベルくんが、グラスの酒を揺らしながら呟くように言った。
「カボチャが採れない地域で生まれた話だそうだからねえ」
皆、しばらく沈黙していた。ランプの中で、ジジッと火がはぜる音が大きく響くくらいだった。
「永遠に、か……まあ、当然の報いであろうな。悪魔を封じたように、己も暗闇の境界に閉じ込められたわけだ」
「ジャックはそのあと、どのように身を処したのでしょう」
身を乗り出したフィッツバルトくんの首元の炎が大きく揺れた。
「きみたちはどう考える?」
ラスベルくんは、夜光虫が舞う窓の外を眺めていた。彷徨う魂のような蒼い光を瞳に映しながら。ガルゴゴくんは眉間に寄ったシワをさらに深くして腕を組み、目を閉じている。フィッツバルトくんは膝の上に置いた己の首の頭頂骨を、指先でコツコツと叩きながら考え込んでいる。
最初に口を開いたのは ガルゴゴくんだった。
「悪知恵によるものとはいえ、悪魔を退けた者の魔除けの提灯として伝えられているのであろう? ならば、死者が悪霊に阻まれることなく冥府へ赴けるように、水先案内人として責務を果たしてもらいたいものだ」
「それがせめてもの罪滅ぼしになるといいね」
ラスベルくんが静かに同調した。
「皮肉なものですな。跳ね除けて来た悪魔から貰い受けた灯りが、罪人の足元を照らすことになろうとは。もしかするとーー」
「貴公が言わんとしていることはよくわかる。もしかするとあの悪魔は」
「ジャックを試すために降りて来た天使だと、考えるのかい?」
ラスベルくんが微笑みながら言葉を継いだ。
「如何にも。贖罪の機会を与えたもうた天使なのではありますまいか。ジャックはもう、助けてくれとは言わなかった。覚悟を決めたからこそ、悪魔は灯りをくれたのでしょうな」
「…………」
ガルゴゴくんが再び沈黙すると、ラスベルくんが慣れた手つきで皆のグラスに酒を注いだ。
「フィッツバルト殿は形だけでも……。さて、死者たちの冥福を祈って、乾杯しよう」
生き様は三者三様。だが、芯として持つものは同じーー。
「ジャックと、天使の如き悪魔に」
グラスが澄んだ音を立てて、闇夜の中に余韻をとけこませた。死者たちを慰める音楽として。
コメント
1
リンデン
ID: efgqnfvan78t
紳士だなあ! って思ったわけです。
最初はラスベルとフィッツバルトだけだったのですが、そういえばガルゴゴも、と思って並ばせたら……ね!
三人とも綺麗に敬礼するではありませんか。
ちょっと感動してしまって、勢いでお話を書きました。
Happy Halloween !
この発言は削除されました(2021/02/14 03:00) 2
3
リンデン
ID: efgqnfvan78t
>> 2
ありがとうございます!
それぞれのキャラクターのストーリー、またはクロスストーリーを見たりした時に、ここはどうなのだろうかと疑問に思った部分をピックアップして物語に織り込んでみたりして、空想を広げております。
育成が下手だから、せめて物語として楽しもうと始めた試みです。
楽しんで頂けたようで何よりです。(*´꒳`*)