: 旅日誌 : 今日の当番【ミーロ】
『旅日誌』っていうのがあったんだね。
ボク、こういうのは初めて書くから、変な文章だったらごめんね。
こないだ、夜中にちょっとした騒ぎがあって、そのとき初めてこの存在を知ったんだ。ほとんどアリアロしか書いてないようだけど、誰でも書いていいみたいだから、書いちゃうよ。
騒ぎっていうのはね、喧嘩とかじゃなくて、パルヤンがびっくりして泣いちゃったの。
何時ごろだったかなぁ……。
「びえぇぇぇん! こわいよぉぉぉ!!」
その日は、ちょっと暑くて寝つきが悪かったんだよね。ボクたちの種族は、砂漠での環境に慣れちゃってるから、夜は寒くないと落ち着かないんだ。
そこへすごい鳴き声が聞こえてきたから、思わず部屋を出ちゃった。近くまで行ってみると、エメトロの低い声も聞こえたの。
談話室近くの廊下だったかな。もう一人、男の人の声が聞こえてたから、室内にいたまま耳だけで様子を伺ってたんだ。
「パルヤン、いい加減泣きやめよ」
エメトロがいつものぶっきらぼうな調子で言ってた。ボクは慣れてるからなんとも思わないけど、話し慣れていない人からしたら、怒っているように聞こえるよね。それじゃあ余計に泣いちゃうよ、って思ったけど、もう一人がボクの心の声を代弁してくれた。
「子どもに泣きやめと言っても通じぬぞ。子の扱いを知らんのか」
ガルゴゴだった。数日前に仲間になった経緯を聞いたけど、ちょっと悲しくなっちゃった。子どもがいたんだよね。だったら、扱いに慣れているはず! でもーー
「こわいよおおお〜!!」
吸血鬼になったあとのガルゴゴじゃね……。迫力が違うよね。
「はあ……」
棺桶越しに話してもらったほうがよかろうとか言う彼に、エメトロがフォローしてたけど、ガルゴゴが可哀想になってきた。
走り去って行ったパルヤンを追いかけようとした時、服が引っかかってこの日誌を落としちゃったの。ああ、こんなのがあったんだ、ってね。
ひとまず机の上に戻して、パルヤンの部屋に行ってみた。
「パルヤン……?」
「だあれ!?」
そうっとノックしたけど、かなり怯えているみたいだった。
「ボクだよ、ミーロ」
「ミーロおねえちゃん……?」
ちょっと間があいてから、ドアがほそーく開いた。
「ああ…びっくりした。ど、どうしたの?」
「それはこっちのセリフだよ。何があったの?」
「あ、あのね……」
いきさつを聞いて、ちょっと安心した。
「暗いところから何かが出そうで、怖かったんだね。そっかぁ……。そこへ迫力のある吸血鬼が声かけたもんだから、さらに怖くなっちゃったのか」
「うん…だ、だってさ…吸血鬼だよ?」
「そりゃそうだけど、何もしないって約束してくれたじゃない。仲間のことが信じられないの?」
パルヤンが何か言いかけた時、遠慮がちにノックが聞こえた。
いけない、ドア開けたままだった。
「今晩は。邪魔してもかまわないかな?」
顔を覗かせたのはソロだった。片手にはワインの瓶を持って。
「どうぞ……」
すごいテンション低いよ、パルヤン! 泣き疲れたのもあるんだろうけど。ソロはきっと、心配して見に来てくれたんだね。
「調子はどうかな。ミーロくんが慰めに来てくれたから、少しは落ち着いたかい?」
「ごめんなさい。うるさかった…よね」
「若者たちはぐっすり眠っているよ。私は歳が歳だけに、眠りが浅くてねえ。ラスベルくんご自慢のワインでも少し頂こうと思って、ワインセラーから失敬してきた」
「い、いいの? 勝手に持ってきちゃって」
「大丈夫さね。一応許可はもらっているから」
猫みたいに目を細めちゃって。お茶目なおじいちゃんだよね。
「ミーロくん、パルヤンは気迫に押されただけだから、その〝恐怖〟に関してはすぐに解決できると思うよ」
えっ、ボクまだ何も言ってないよ。どうやって相談しようかなとは思ってたけど。年の功ってやつ? それとも心が読めるの?
ボクの顔にはっきり何か出ちゃってたのか、ソロはふにゃっと目を細めて笑った。
「経験を重ねると、勘が働くのさ。ーーすべては本人次第で、周りがどうこう言えるものではない。どうだね、パルヤン。ガルゴゴはまだ怖い人だと思うかね」
「う……今は、怖いとは思わないけど……」
「エメトロもいたようだけど、何か言われた?」
「うん。ガルゴゴは、暗闇で怖がっている子どもがいたから声をかけたんだ、って」
相変わらずフォローが上手いなぁ。エメトロらしいや。
それで気づいて、謝ろうとしたけど気迫が凄すぎて泣いちゃったんだね。
「もし、ひとりで彼と話すのが怖かったら、マルマと一緒に行くといい」
おやすみ。
ソロはそれだけ言うと、どっこいしょ、って立ち上がって部屋を出て行った。……見た目は若いのにね。やっぱりおじいちゃんなんだね。
明日はソロの言うとおりにやってみようか。そんな話をして、そのあとはすぐ寝ちゃった。
翌日、昼を少しすぎた頃に、サロンでひとり読書をしているガルゴゴを見つけた。
ボクは遠くから様子を見ることにして、パルヤンとマルマを見送った。
「ガルゴゴ〜。なんの本をよんでるの?」
「マルマか。ーー童話集だ。貴様、もう字は読めるか?」
「すこーしなら、よめるよ。ねーえ、パルヤン! ご本よんで!」
「…………」
ガルゴゴがちょっと困った顔をした。何かを案じるような表情も混じってて……なんていうのかな。多分、また泣きやしないかとハラハラしてるのかな。
大丈夫、今は夜じゃないから平気だよ、パルヤン! 頑張って!
泣きそうな顔になってるけど、足は確実にガルゴゴに近付いてる。すごいよ。進歩したよ。
あと数歩ってときに、ガルゴゴが持っていた本をずいっと差し出した。
ビクって一瞬体が固まったけど、本のタイトルを見て目が大きく開いたよ。知ってる本だったのかな。
「こ……これ、ドワーフ領に伝わる神話をまとめた童話集じゃない? ガルゴゴが、なんで……」
「ゲッシーの童話しか知らぬゆえ、だ。そこで相談だが、貴様はどのような話を聞いていた? 良ければ我に聞かせてはくれぬか。ドワーフの歴史につながることもあろう。歴史の産物として興味がある」
「マルマもききたーい」
怖いもの知らずな子だね。ガルゴゴの膝の上に座っちゃってるよ。
ここ、きて!って、マルマがガルゴゴの隣を指さした。パルヤンは本を持ったまま、おずおずと……座った! すごい。泣かなかったよ! 目はものすごく警戒してるけど。それとも、一生懸命こらえているのかな。
「ぼ、ぼくがイザイアから聞いたのは、ある魔法使いの話。ーーあるところに魔法使いがいました。彼は雷の神の力を手に入れようとして、三つの難問を突きつけました……」
おお、パルヤン。けっこう上手に語るじゃないの。
聞いているうちに、眠くなって意識が飛んじゃった。昨日は夜更かししちゃったしね。
どれくらい経った頃かな。あれ、静かになってるなぁって思ったら、三人ともソファの上で寝てたよ。
そーっと近づいて見に行ってみたけど、パルヤンもマルマも、ガルゴゴに寄りかかって眠ってた。
ガルゴゴも、口元がちょっとだけ笑ってた。
子どもたちのこと、思い出したのかな。なんとなく、幸せそう。
なんだかんだ言って、ガルゴゴもいろいろ考えてたんだね。
またそーっと移動して、キャラバンの外に出てみた。大きなパラソルが出ていて、その下でソロがくつろいでいるのが見えた。安楽椅子に揺られて、こっちも気持ちよさそうだなぁ。
「仲直りできたかな?」
「うわっ、起きてたの?」
「うとうとしていただけだよ」
「ああ、もしかして起こしちゃった? ごめんね」
ソロはニコニコ笑いながら軽く手を振った。
「子どもはね、気をそらしてやるのが一番だよ。肩の力が抜けるから。パルヤンのように、感受性が高い子は特にね。集中力がすごいからさ」
「へぇ〜、そうなんだ。ーーって、もしかして、ガルゴゴから相談受けてたりして?」
「さて、どうだったかねえ。私は記憶力があまり良くないから。ルヴイラのほうが、よく覚えているよ。そろそろ、ご機嫌伺いにでも行こうかね」
話を紛らわされた。寝たフリなのか、本当に寝ちゃっているのか、ソロは静かな息をたてて目を閉じてる。
女の勘は当たるんだぞ。ーーまあ、いっか。
ほっこりする場面を目撃できて、ボクも幸せな気分になったから。
もう詮索はしないよ。これで良しとする! 以上!
コメント
1
リンデン
ID: efgqnfvan78t
ガルゴゴのクロスストーリーを見て、こんな続きになるといいなあと思って、勝手ながら書いてみました。
パルヤンの怖がりは、なかなか直らないと思いますが……。
私も小さい頃は泣き虫だったなー。
2
菊正宗由信
ID: qsk7wjrvxuuz
何度読み返してもグッと来ます……( *´艸`)
3
リンデン
ID: efgqnfvan78t
>> 2
ありがとうございます〜✨
ガルゴゴにこういう幸せがあってもいいじゃないか! とリキ入れて書きましたので、嬉しいです(*´꒳`*)