リンデンの旅日誌

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〝悠久の時〟と、禅問答?


: 旅日誌 : 私的記録【アリアロ】

 私が所用で出掛けている間に、新しい客人を迎え入れたようです。
 彼は常にゆったりと、まるで桃源郷にいるかのような穏やかな表情を浮かべて、愛鳥のセキセイを愛でておられます。
 今回は、ゆっくりお話を聞くことができました。
「きみがアリアロ君かい?」
 談話室でお茶を頂いていた時でした。背後から声がかかり、振り向くとそこに、見知らぬエルフの殿方が佇んでおられたのです。
「はい。アリアロと申します」
「私はソロと申すものだ。何日か前から世話になっているよ」
 見た目はラスベルさんより若い青年に見えますが、話し方は老人のそれのようでした。
「よろしくお願い致します」
「どうだね、キャラバンの外で私とお茶でもいかがかな? こんなに天気がいいんだ、新鮮な風を感じないのはもったいないよ」
「仰せの通りに」
 ソロ殿は微笑の中に、少し苦笑いを混ぜて私を見ました。
 言葉に出されなくとも、言いたいことはわかります。
 〝堅苦しいねぇ〟ーーきっとそのようにお考えでしょう。
 ポルカ殿が簡易テラスを作ってくださり、私たちは揃ってティータイムと相成りました。
 天候や、星の動きなどの話題をポツポツと交わしていると、誰かが近くで見ている気配に気づきました。
 目をやると、パルヤンがソロ殿をじっと見つめておりました。
「うん? 坊やもおいで。何がそんなに気になるんだね?」
 ソロ殿も気付き、おいでおいでと手招きをしました。
「鳥の巣がいっぱい……。落ちないの?」
「私があまりにもゆっくりと歩くものだから、いつの間にか巣を作られてしまってねえ。長い髪がちょうどよく絡まって、落ちないでいるよ」
「すごいね。ソロお兄ちゃんは、あの、その………不死身だって聞いたけど」
「あっはっは。〝お兄ちゃん〟と呼ばれたのは、何百年ぶりかねえ。おじいちゃんと呼んでくれたほうが、しっくりくるかもしれないね」
「おじいちゃんには見えないもん」
「そうかあ。ありがとうよ。ーーそうだ、まだ質問に答えていなかったね。簡単に言うと、長く生きすぎて死ぬことを忘れてしまった。それだけのことさ。不死身とは……少し違う気がするねえ」
「何度でも、甦るんでしょ?」
「そうだね、その通りだ」
「それを不死身とは言わないの?」
「子どもの純粋な疑問は、時に深い哲学をもたらしますね」
 感想を述べると、ソロ殿は少し遠くを見つめ、満足げに息をつきました。
「確かにね。うーん、これは難問だなあ………」
 薄く目を閉じたと思いきや、ふっと意識がなくなる気配があり、それに気づいたパルヤンはソロ殿の脚をパチパチと叩きました。
「寝ないでね!」
「おっと…すまないねえ。こんなに考えたことは、今までにあったかなあ?」
 キャナルさんがいたら、きっと〝呑気だねぇ〟の一言くらいはこぼしていたかもしれません。
 まるで孫と祖父。平和な光景です。
「例えばだよ、文献で読んだことがあるのだが、こんな話がある。昔むかし、戦いを好む男がいた。かの者は強く、敵う者はおらず、かの者はあまりにも多くの屍を積み上げた果てに、ついに地獄に落とされた。来る日も来る日も、亡者を相手に戦いに明け暮れる日々を送ることになったという。かの者は多くの亡者と戦い、傷つけた。自身も傷つき、力尽きて倒れても、翌朝目が覚めると傷がふさがっている。起き上がると亡者たちが押し寄せ、また殺し合いをしなければならず、夕方には瀕死の状態で倒れる。そしてまた起き上がりーーと、永遠に死ぬことができない罰を背負ったわけだ」
「嫌だね。疲れちゃうよ」
「そうだねえ。それは不死身と言えるかな?」
「……だと思う。死ねないのなら、不死身だよ……ね」
 パルヤンは自信なさげに応えました。いいんだよ、というように、ソロ殿は満面の笑みで頷いていました。
「それともうひとつ、例を挙げようか。とても美しい鳥がいるのだが、それは死期が近づくと、燃えて灰になってしまう。普通の鳥と違うところは、灰の中から、雛鳥としてまた蘇ってくる。だから〝不死鳥〟と呼ばれているのだが、これはどう思うね?」
「ヒナから、また成長するの? それは同じ鳥なの?」
「そう、問題はそこだ。果たして同じ命と言えるのか」
 今度は私に視線が向けられました。アリアロくん、きみの意見は? 言葉には出しませんでしたが、彼の目はそう語っていました。
「まずあり得ないことですが、生物学的に考えるのであれば、同じ個体と言えるでしょう。交配をせずとも、自らの身体が燃えた灰から新しい命が生まれるのであれば、次世代とは言い難い。一個体のみで命の輪廻を繰り返している。……不死身であるか否かと問われるのであれば、私は〝否〟と考えます」
「現実的な意見だね。私も、アリアロくんと同じ考えだ。さあ、パルヤン。考えてみておくれ。以上の話を比較すると、私は不死身と言えるかな?」
「うーんと……違う、かな。アリアロおじ……アリアロが言ったように、命を繰り返しているのなら……うーん、でも、死なな……えぇ? 一度は死ぬんだよね。うーん」
そうか、パルヤンから見れば私はおじさんなのだな、とくだらないことが脳裏をよぎってしまいました。お兄さんという認識はないようですね。まあ、いいでしょう。話を戻しましょう。
 パルヤンはしばらく悩んでいましたが、ふと何か思いついたようでした。
 ソロ殿は、どんな答えが飛び出すのかと、目を三日月のように細め、ワクワクした様子で待っていました。
「不死身ってことにこだわらないで、〝精霊〟っていう立場で見たほうがいいような気がする」
 ソロ殿の笑みが広がりました。
「ふふっ、面白い答えだ。そうか、私はすでに人ではないという位置づけなのだね?」
「うん、そう思う」
「もう生まれもしないし、死にもしない。ただ永久に命が続くだけの……。そうか、そうか。ふふふっ、面白いなあ」
 精霊……。言われてみれば、確かにそのような存在であるようにも思えます。
「不死鳥のような命の繰り返しで生き続けて来たが、なにかの拍子に魔力がなくなったりしたら、私はふっと消えるかもしれないね。普通に死ぬかもしれないし。先のことはわからんなあ」
「死ぬのは、こわい?」
「怖いことではないよ。〝メメント・モリ〟という言葉を知っているかな? 大雑把に表現すると、〝死を想え〟ということだ。いつか死ぬのだから、今を楽しく生きようではないかーーそんな意味合いが含まれている。死ぬ時のことを考えるよりも、今を大切に生きなさい。そういうことだよ。それにね、死を迎えるときは、死神という天使が迎えに来てくれるそうな」
「ええっ、死神って天使なの!?」
「種族によって宗教観が違うからねえ、絶対にそうだとは断言できない。決めつけることはできないな。私はそういう話を聞いたことがある、というだけさ。お疲れさま、もういいんだよ、そういうお迎えがあるといいねえ」
「そういう天使なら……こわく、ないかも」
「うんうん。心配することは何もない。ただ、今という時間を楽しめばいいのさ。死んで神のもとへ帰った時、楽しかったか? 幸せだったか? そう聞かれたときに、満面の笑みで『はい』と答えたいからね」
 さて、散歩といこうかねえ。
 どっこいしょと立ち上がると、ソロ殿はパルヤンを誘い、散策へ出かけられました。
 振り返ったその顔は、あとは頼むよーーそう言っていました。
 最後の話は、考えを押し付ける人もいるようだが……という意味合いが含まれているような気がしました。
 この記録も、鍵付きのノートにしまいこむことと致しましょう。


リンデン

コメント

1

老舗人

ダリウス

ID: 35f5jw3casdi

物事は単純なような複雑なような不可思議なものですね。
定義付けする人の意図次第と言ったところでしょうか。

毎回思うことは、まるでスピンオフを読んでいるような感じですね。
次回作があるのかなあと密かに楽しみにしています。(*^o^)/\(^-^*)

2

旅日誌マスター

リンデン

ID: efgqnfvan78t

>> 1
育ってきた環境により、築かれる価値観も様々です。物心ついてから何を見聞きし、何を取捨選択し、何を一番に吸収するかにもより、思想というものが変わってきます。単純なようでいて、そう簡単に分離できないというのが物事のことわりなのでしょうね。
不死身というものがどういうものであるのか。
ソロを見ていて疑問がわいてきたので、このような話になりました。

ありがとうございます。
楽しんで頂けて幸いです。(*´꒳`*)