リンデンの旅日誌

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その炎は神のみぞ知る


: 旅日誌 :  私的記録【アリアロ】

 昨日は、ソロ殿の誕生日でした。
 片付けや事後処理が色々とありまして、記録が本日と相成りました。

 ディラン王子のご好意により、城の舞踏会場を貸し切らせて頂くことに。
 進行と経理は、ソロ殿のご指名で私が担当致しました。ディラン王子もご同席頂き、ポルカ殿と打ち合わせをし、入念に準備をして参りました。
 ロッコさんが花火の演出をしてくださったおかげで、盛大な誕生日パーティーとなりました。
「ソロ殿、お誕生日おめでとうございます」
 私が声をかけた時は、子どもたちに囲まれておりました。一方で、ホールでは紳士淑女が舞踏を楽しんでおり、王族、貴族出身の方々の身のこなしは美しく、場に華を添えておりました。
「やあ、ありがとう。長々と生きていると、こうした節目が大事になってくるね」
「長い間培われてこられた経験と知識を、これからもご教示願います」
「私の知識が役に立つなら、いつでも力になるよ」
 ふとホールに目をやられたソロ殿は、柔らかく微笑みました。
 フィッツバルト殿とフィロメナさんがペアを組み、優雅に踊られているところでした。
「アリアロくん、きみには感謝しているよ。フィッツバルトくんを説得してもらえてよかった」
「恐れ入ります」
 フィッツバルト殿にもぜひ出席してほしいと声がかかっていたのですが、デュラハンであることを理由に、出席を渋っておられました。死者が生誕の祝いの席に出るのは穢らわしいことだから、と。
 そこで、外交官としての腕を見込まれ、説得する役を仰せつかったというわけです。
「ふふふ。結構楽しんでいるのではないかな。フィロメナくんも華があるから、二人がいるだけで場が華やぐね」
「フィロメナ、今日は一段と綺麗だわ」
 ロロタタが感嘆の溜息をつきました。
「社交界ってこういう感じなんだね。異世界に見えるよ」
「やだわ、ミグノノったら。モグモグ食べながら喋らないで」
「ご、ごめ…ゴフッ」
「ちょっと、あれ見て。面白い光景になってるよ」
 カールさんが指差した先には、ビーストの一団がおりました。
 トモサレトルとデビデビが軽快なワルツのステップを踏み、トロールとオデッシア様がペアで踊っていらっしゃる様子が見えました。
「あっ、トロールがコケそう」
 キャナルさんがそう言った時には、バランスを崩して後ろに倒れてしまった状態でした。デビデビをぶんぶんと振り回すような状態で踊っていたトモサレトルとぶつかり、ドミノ倒しのようにデビデビがトモサレトルの下敷きに。
 トモサレトルはすぐに起き上がりましたが、トロールは尻もちをついたままで、オデッシア様が手を差し伸べているところでした。そこへ、トモサレトルのマッスルアピール。ちょっと怒っているようですね。オデッシア様が仲裁に入られて、ことなきを得ました。
 少し離れたところでは、ユウリさんとマンドラゴラがペアを組んでおりました。
 二人ともなかなかに可愛らしい様子で、見ていると和みます。
「実にユニークだねえ。少し早いハロウィンパーティのようだ」
 ソロ殿はご満悦で、ラスベルさん特製のワイン(誕生日プレゼントとして贈られた300年もの)を、ゆったりとご堪能中です。
「はあーっ、面白かった! お水ちょうだーい」
 パンプキンマンと踊っていたミーロが駆け込んできました。
「あんなに背の高いヤツと、よく踊れたねぇ」
 グラスに水を注ぎながら、キャナルさんが言いました。
「手足が長いから、カクカクしちゃったけどね。でも楽しかったよー」
「ソロじいは踊らないの?」
「〝ソロじい〟って……。それは失礼だよ、キャナル」
 カールさんが窘める横で、ソロ殿は愉快そうに笑っておられました。
「かまわないよ。何とでも呼んでおくれな」
「ほらね」
「ほらね、じゃなくってさぁ……」
「あっ」
「なんだよ、キャナル」
 キャナルさんの視線を追ってみると、踊り終えたフィッツバルト殿とフィロメナさんの姿が視界に入りました。手を差し伸べたフィッツバルト殿にいざなわれるように、バルコニーの方へと歩いていくところでした。
「……あの二人、いい感じじゃない?」
 キャナルさんの野次馬根性に火がついたようです。
「カール、ちょっと近くまで行ってみない?」
「ええ? やめたほうがいいよ、気づかれたらあのガンハルバードで真っ二つにされた上に吹っ飛ばされるって」
「気づかれなきゃいい話でしょ?」
「絶対気づくって! あの人は容赦しないよ、きっと」
(アリアロくん)
 ソロ殿が目配せをしたので、私は擬態した状態でお二人がいるバルコニーまで近づき、カーテンをおろしました。その時ーー
「香水のような、独特の芳香が漂っているようですが……」
「ああ、金木犀の花の香りですね。遠い異国の地では、花を漬けた桂香酒というお酒が珍重されているそうですよ」
「ほう……。さぞかし、耽美な味がするのでしょうな」
「水を差すようで申し訳ないのですが、好みが分かれるところです」
「是非とも、貴女と味わってみたかったが……。この身では叶うまい」
「では、せめて花の香りだけでも楽しみましょう。この香りが漂うのも、今の時期の数日だけですから」
「……ひとつ、頼みがあるのですが」
「はい、なんでしょう」
 私はすぐさま、その場を離れました。これ以上立ち聞きするのは無粋というものでしょう。

「ああっ、カーテンが閉まっちゃったよ?」
「風の悪戯じゃなかろうかねえ?」
「ソロじい、いくらなんでも風だけじゃカーテンタッセルは外れないよ」
「うん? そうかね」
 戻ってくると、ソロ殿の〝取り巻き〟たちが騒いでおりました。
「さあさ、子どもたち。このパーティももうじきお開きだ。眠る前にひとつ、とっておきのお話をしてあげよう。好きなお菓子を持っていっていいから」
 食後のデザートに釣られて、元気な若者たちは隣の部屋へと移動して行きました。
 ホールを出て行く時、ソロ殿は振り返り様に微笑みました。あとは頼むよ、と。
 (はい、畏まりました。お任せください)
 改めてホール内を眺めてみると、興味深い光景が広がっておりました。
 踊り疲れたビーストたちは、ひとつところに固まり、身を寄せ合って眠る者がほとんどでした。トロール、マンドラゴラ、デビフライなどは、仲間の疲労を癒すために飛び回り、走り回っています。
 一般的に〝おじさん〟と呼ばれる中年層の殿方は、酒のグラスを片手に談笑しており、ヴィンガさん、バストラルさん、ロギオン殿、ギザロ殿あたりは悪い相談をしているようにしか見えませんが、各々夜が更けるまでの間の時間をゆるりと愉しんでいるようです。
 リコお嬢さんがぐずる場面もあったようですが、ガルゴゴ殿が上手にあやしておられました。マルマとパルヤンが、まるで兄妹のようにその様子を見守っており、そのうち、つられて二人も眠ってしまったようです。ぐっすり眠ったリコお嬢さんをパダノアさんに返すと、ガルゴゴ殿はマルマを抱えて、パルヤンをなんとか起こし、寝室へと連れて行ったようでした。
 そして、ぽつんと寂しそうに隅に座っていたのが、サボテンビーストでした。近くまで行って、声をかけてみました。
「……疲れましたか? それとも、フィロメナさんが恋しいのですか?」
 サボテンはバルコニーのカーテンのほうに顔を向けました。そしてまた、床に目を落とします。やはり、寂しいのですね。
「大丈夫ですよ、もうじき戻られますから」
「キューゥ……」
 フィロメナさんが随分と可愛がっておられたようなので、少し離れただけでも心細くなるのでしょう。
「わたしがそばについていましょうか。アリアロさんもお仕事がおありでしょう?」
 楕円のお盆を片手に声をかけてくださったのは、ユウリさんでした。酒を嗜む殿方に、チェイサーの水を配っていたようでした。
「ありがとうございます。ですがーー」
 言葉を継ごうとしたとき、勢い良くカーテンが開いて、フィロメナさんが飛び出して来ました。
「サボちゃん! 待たせてしまってごめんなさいね。夜のお散歩行きましょうか」
「キュー!」
「よかったですね」
 ユウリさんがサボテンに笑顔を向けると、サボテンも嬉しそうに笑いました。うまい具合にサボテンを抱え上げ、フィロメナさんはホールを出て行きました。
 残された騎士は一人佇み、風に煽られて青い炎を揺らめかせながら、静かに、欠け始めた月を見上げておりました。

 さて、私も締めの作業に入らねば。
 給仕係を呼ぼうと廊下に出た時、フィロメナさんがキャナルさんたちに捕まっているのが目に入りました。
「ねぇねぇ、フィロメナ! あのデュラハンとずっと一緒だったけど、なんの話だったの?」
 唐突に野暮なマネをしますね、この人は……。カールさんの気苦労が偲ばれます。
「ああ、えっと、『そばにいてくれないか』って言われました。それだけですよ?」
「ずいぶんサラッと言うんだねぇ。愛の告白じゃないのよ」
「いえ、違いますね。あの方は足が速いじゃないですか。戦闘のときヒールの範囲がね、届かないって話で……」
「フィロメナは微妙に感覚がズレてるからなぁ」
 カールさんが首を捻りつつ言いました。
「でも、不思議ですね。あの方に手を添えられながら話をされると、ドキッとしますよ。首がないのに。常に傍にある頭蓋骨は、とっても魅力的だと思いますし。珍しい体験をさせて頂きました」
「そこ!? っていうか骨でわかるの!?」
「やっぱりズレてる……」
 キャナルさんの鋭いツッコミと、カールさんの冷静なコメント。良いコンビですね。
 フィロメナさんは、マイペースに話を続けます。
「考古学の観点から観察すると、なかなかに男前な頭蓋骨かと」
「なに、考古学にも詳しいの!?」
「かじっただけですよ。珍しい植物が、たまに化石化した状態で見つかったりしますから。骨相学という本を読んだのですが、これがねーー」
「もういいよ。こっちまで感覚がおかしくなりそうだから」
 カールさんが疲れたようにコメントすると、フィロメナさんはサボテンの世話があるからと、足早に走り去って行きました。
「……本当にそうかなあ?」
「なにがさ」
「ヒールの範囲が届かないって話よ」
「それは事実としてあると思いますが、騎士の名誉に関わることです。これ以上の詮索は無粋ですよ。おやめなさい」
「アリアロ……」
「……まあ、ラスベルもキツそうなとき、あるもんね。フィロメナが近くにいないときは特にさ」
 思わず口を出してしまいましたが、一喝が効いたのか、キャナルさんにしては珍しく引き下がりました。
「こないだのヒドラとの戦闘で疲れちゃったんだろうよ。キリがなかったからね」
 カールさんが気の毒そうに言い添えました。
「誰にでも、秘めたる想いはあるものさ」
 ソロ殿が隣の部屋からそっと出てきました。
「お静かに頼むよ。他の子どもたちは、もう眠ったからね」
「ごめんなさーい。あたしたちも寝よっか、カール」
「軽すぎるよ、キャナル……。あの、ごめんなさい」
「行きなさい。おやすみ」
 ソロ殿が片腕を広げて促しました。微笑みをたたえてはいますが、声には少し、いつもとは違う厳しさが混じっていたようでした。
「ご苦労だったね」
「お騒がせしてしまい、申し訳ございません」
「いやいや、君はよくやってくれたよ。おかげで今日は、とても楽しめた。ありがとう。いい子たちに囲まれて、私は果報者さ。きみのような優秀な重鎮にも恵まれているしね。本当に、良い誕生日だった」
「恐悦至極にございます」
「ふふっ……片付けもあって忙しいところすまないが、一杯付き合ってくれんかね。欠けてはいるが、美しい月が出ているよ」
「はい。ご相伴に預かります」
ーー閉じ込められている火が、一番強く燃えるものだーー
 確か、異国の地で歴史的に有名な戯曲作家の言葉であったと思います。
 そんな言葉が、ふと頭をよぎりました。


リンデン

コメント

この発言は削除されました(2019/10/19 12:03) 1

2

旅日誌マスター

リンデン

ID: efgqnfvan78t

今現在、主力タンクはラスベルです。
後方にフィロメナがいて、バックステップでキャラバンからどんどん離れていくと、フィロメナのバフ範囲からはずれるわけです。
彼女ももちろん追いかけるのですが、ラスベルの体力がいきなりガガッと減って間に合わなかったりします。
敵に巻き込まれてもいいからというくらい近くに配置すると、体力の減りが違うのです。
「そばにいてくれ」サインかなあと思ってしまって、こんな話になりました。
ラスベルは現在ダメ減30%ですが、首なし騎士さまは防御がまだ足りないので、すぐに倒れます。要領悪くて育成が追いつかず、申し訳ないです。
ああ、これはフィッツバルトのほうが言いたいことだろうなあと思って、こんな流れになりました。
一日遅れてしまいましたが、ソロさん、お誕生日おめでとうございます。
(ソロしか誕生日祝ったことないネ、ゴメンね)

3

イアルの冒険者

菊正宗由信

ID: qsk7wjrvxuuz

バフ範囲外からのタンク落ち、あるあるですw
今回の旅日誌も楽しませて頂きました(≧∇≦)

4

旅日誌マスター

リンデン

ID: efgqnfvan78t

>> 3
菊正宗さん、いつもありがとうございます✨

ああー、やっぱり他所様でもそうなるんですねぇぇ。
こうりゃあもう、フィロメナをガッチガチに固めるしかありませんな。