記録者:ミーロ
ガコーン!って音がして、キャラバンが止まった。どこかについたのかな?
窓から外を見ると、アリアロが白爪騎士団の人たちと一緒に、騎士団団室に向かっているのが見えた。ギュリアム境国だ。
あれっ? アリアロって昨日、一日中フィールドを走り回っていたんじゃなかったかな?
今日もまだ何か用事があるのかな。足、大丈夫かな。
外に出ると、バストラルがボクと同じように、アリアロの後ろ姿を見てた。
「バストラル!」
「ミーロ……無遠慮な大声で俺の名を呼ぶな」
声をかけると、険しい顔で怒られた。
「ごめんなさい。ーーね、何見てたの? アリアロ?」
「ああ。奴は昨日、素材採取のためにほとんど一日中フィールドを駆け回っていたと聞いたが、足元は驚くほど軽快だ。ーーリザードマンというのは、傷の治癒だけでなく、疲労回復も早いのか?」
「いやー……疲れはなかなか取れないけど。他の種族に比べたら、早いほうなのかなぁ? 比べたことがないからわからないよ」
「ーーそうか」
「アリアロ、どういう用事なのか聞いた?」
「〝お話があるので〟としか聞いてない。誰彼構わず射殺す男に、そうペラペラとしゃべりはすまい。おそらく、帝国より託された公務だろうな。ーースパイするのも奴の仕事だ。皆が知らぬところで、何食わぬ顔で暗殺でもしてるやもしれんぞ」
「アリアロは、そんなことしないよ!……たぶん」
勢いで言っちゃったけど、急に自信がなくなっちゃった。信じきれていないことに気づいて、自分で自分にショックを受けた。
「奴の何を知っているというのだ」
「ほとんど……何も知らない」
「なら、選ぶ言葉には気をつけろ。一面だけで人を評価するな。わかったか」
「……うん。わかった」
「よし。用がないならキャラバンに戻れ。そこかしこに巣食う盗賊どもの餌食になっても知らんぞ。ギュリアムは、お世辞にも治安が良いとは言えん」
「うん……」
渋々キャラバンに戻った。バストラルはアリアロが戻るまで、外にいるみたい。獲物を待つように、木の上に登って騎士団室のほうをじっと睨んでる。
鷹の目ーーバストラル。その姿は本当に、猛禽類の鷹みたい。
言葉は厳しいけど、バストラルは色々心配してくれてるんだよね。おとうさんみたいだ。
何度も言ってるかもしれないけど、養子として育てられたマルバスが羨ましいなあ。この間は、バストラルから〝俺に親の資格などない〟とかって、ピシャッと言われちゃったけどさ。バストラルみたいなおとうさんがいたらいいなーって思う。ボクはね。
「あっ、そうだ。ポルカに頼んでおこう〜」
そうだよ、ポルカはこのキャラバンと一心同体なんだから、誰かが戻ってくれば、すぐわかるよね。
「お呼びですかな?」
おお、さすが。名前を言っただけで小さなモフモフさんが現れた。
「アリアロが帰ってきたら、ボクに知らせてくれる?」
「お安い御用です、ミーロ様。承りました」
よかった。これで突撃インタビューできるぞ。
さて、それまでなにしてよう。
独楽の手入れでもしていようかな。それとも、ビーストの部屋に行こうかな。そうだ、可愛いハネウサギさんがいるんだよね。よし! きーめたっ。
*
「お邪魔しまぁす……」
デリケートな子もいるから、ビースト部屋は静かに覗くようにって言われてたんだよね。人間領に来てから、もふもふ系のビーストのお仲間が増えてきて、ここは最近、ケモノ臭が強くなってきたかも。
こないだなんか、エミリーがカモノハシを見て、〝なんて可愛いの……!〟って悶絶してた。あの人、ゲッシーが大好きだからねぇ……。もふもふ系に弱いんだね。
ボクはキタエットルが苦手かも。筋肉モリモリで暑苦しい感じ。あっ、これは悪口じゃないよ。ただ単に苦手ってだけ。
「ムッフーン」
って、目の前に立ちはだかったのは、まさかのキタエットルだった。
「ギュム?」
えぇと、なんて言ってるんだろう。〝なんか用か?〟って感じ?
「うーんと、あのー……。す、すてきな筋肉だね! 鍛え抜かれてる! すばらしい!」
焦ってめちゃくちゃ褒め称えてみたけど、いい気分になったようで、さあ見ていけ!と言わんばかりに目の前でマッスルアピール始めたっ。暑苦しい!
赤に近いオレンジ色が視界の端っこにふと見えて、なんだろう?って視線を向けてみたら、マンドラゴラがキタエットルのマッスルアピールの真似をしてた。可愛いすぎるよ!
リザ……だっけ。フィロメナが大事にしてる相棒。
キタエットルと仲が良いみたい。
「ギュムーン、フンッ、フムッ」
「きゅぅ? きゅっ?」
〝そうじゃない、こうするんだ〟
〝えっと……こう?〟
翻訳するとそんな感じかなあ。
真似をし始めたリザに気づいて、キタエットルは指導を始めた。なんか和む光景だね。ごめんね、キタエットル。前言撤回するよ。
さあ、お前もやってみろと言わんばかりにボクのほうに向き直り、大きな手をひらひらさせた。
まずはこうだ、とポーズを決めてみせた。
「お。こ、こうかな?」
なんとなくへなちょこになっちゃったけど、キタエットルは何度か頷きながら手を叩いてた。
〝おお、そうだ。うまいじゃねーか〟
そんな感じで褒めてくれてるみたい。あれ、キタエットルってこんなに寛容だった?
なぜか知らないけど、マッスルアピール教室みたいになってて、マンドラゴラとリザードマンがムキムキマッチョに指導されてる、っていう変な構図が出来上がってた。
楽しかったけどね。
時間を忘れて三人で遊んでたら、どこからともなくポルカが現れた。「ミーロ様、アリアロ様がお戻りでございますぞ」
「ありがとう、ポルカ!」
「いえいえ」
部屋を出て行って声をかけようと思ったけど、バストラルの声も聞こえてきたので、反射的にキタエットルの後ろに隠れちゃった。
「用事に次ぐ用事か。働きすぎじゃないのか?」
「お気遣い恐れ入ります。ですが、時期を逃してはいけませんので……」
「それはわかるがなーー」
そうだった。ずっと待ち構えていたんだよね。時計を見たら、もうちょっとで11時半になるところだった。
あと少しでお昼ゴハンだ。ーーえっ、ボクそんなにビースト部屋に長居してた?
野生のカンなのかどうかわからないけど、キタエットルは射手であるバストラルのことが苦手みたい。狩人じゃないんだけど、弓使いに対しては命の危険を感じるんだろうね。大きな手でボクのことを隠してくれた。やさしーね!
そんなことされたら、いっぺんにファンになっちゃうじゃないか。
一緒に様子を伺っていたキタエットルが、低く唸った。
「ギュムム……」
〝行ったみたいだぞ〟ーーそんなふうに聞こえた。
「ありがとう、キタエットル」
「ムフン!」
頼りになるじゃん〜。見直したよ。
*
バストラルは何が知りたかったんだろう? こうなったら、コッソリあとをつけて話を聞いてやるぞ。
二人はラウンジに入って行った。奥のほうの席についたみたいだから、壁伝いにそーっと入っていけば、死角になるところがあるはず……。
ちょっとずつ、近づいて行った。
「仕事だったのか」
逆さまに置かれたグラスをひっくり返す音と、水を注ぐ音がする。バストラルがアリアロのために、お冷やでも用意しているのかな。
「ええ」
「…………」
うわぁ、何この空気感。ピリッピリしてる。
アリアロは普段から口数が少ないのに、バストラルが相手だと、もっと口が重くなるね。
ーーリザードマンは無口なのです。ことに私はね。
そういえばそんなこと言ってた気がする。ボクもリザードマンだけど、うるさいくらいよくしゃべるよ。それでエメトロに叱られたことがある。あ、エメトロは無口なほうかなあ。
人によるんだねー。
あれ? アリアロったら、なかなか水を飲まないみたいだけど、どうしたのかな。
「毒なんぞ入れとらん。ここでお前を殺しても、なんのメリットもない。それにだ、俺は射手であって毒殺は専門外だ」
「そうですか」
そこまで警戒する!? アリアロの反応もあっさりしてるなあ。
「無理に飲めとは言わん」
「ーーいただきます」
ゴクゴク喉が鳴る音がしてる。ふぅっとため息が聞こえて、グラスが置かれる音が響いた。一気飲みしたみたい。
「職業柄、慎重になる癖がついてしまっているのです。気を悪くなさったのなら、謝罪いたします」
「かまわん。見事な徹底ぶりだ。しかし、本当に毒が入っていたらどうする」
盛ったの!? まさかねぇ。
「数時間眠れば解毒できますから」
え……ボクたちってそんな能力あったっけ。それともハッタリなのかなあ。これがオトナの駆け引きってやつ?
「フン、まあいい。ーーところで、足はもういいのか。大分疲れが溜まっていると思ったが」
あっ、それ聞きたかったの!
「ボクも聞きたかったんだ! 足、まだ痛むんじゃない? 疲れてるんなら、もっと休まなきゃダメだよ? お仕事はまだあるの? またお出かけするの? ーーあ」
飛び出しちゃった。二人からの視線が刺さる。
出て行っても、二人は別段驚かなかった。もしかしてバレてた?
「このクソガキめ。お前は偵察には向かんな」
「そ、そうだねー……アハハ」
アリアロがふっと笑った。
「心配してくださっていたのですね。ありがとうございます。用事は午前中だけですよ。このあとはもう、何もありません」
「よかったー。ねぇねぇ、どういうケアをしたの? 本当にもう、足は痛くないの?」
「グァラルさんがマッサージをしてくれましてね。フィロメナさんが調合したアロマを使って……。おかげさまで、スッキリ回復しました」
「ほう、グァラルがな。俺も頼もうかな」
「バストラルも足が痛むの?」
「いや、目のせいか頭痛がすることが増えたんだ。このままじゃ集中できん」
「じゃあ、肩も揉んでもらったほうがいいんじゃない? よかったらボクが一緒に行って頼んであげるよ」
そう言うと、アリアロは面白そうにニコニコ笑ってた。余計なお節介かなって思ったけど、勢いで言っちゃった。
「……頼む」
おっ、素直だねぇ。断られるかと思った。相当つらいのかな。
「じゃあ、行こう! ね、早く早く!」
しょうのない奴だ、って感じで、バストラルもふっと笑った。
*
「グァラルー! いるー?」
ドアをノックすると、「おう、少し待ってくれ」って返事がきた。太鼓の皮でも張ってたのかな。ゴトゴト音がして、ちょっとしてから扉が開いた。
「ミーロに、バストラル? 妙な組み合わせだな。どうした?」
「あのねあのね、アリアロにマッサージしてあげたの聞いたよ。上手なんだってね! バストラルにもしてあげてよ。頭が痛むんだって」
「肩からなのか、目からなのかわからんが、最近頭痛がするようになってな。迷惑でなければ、やってもらえると有り難い」
「そりゃあ、医者に診てもらったほうがいいんじゃねぇか?」
まあ、もっともな意見だよね。
「でもさ、バストラルは同じ姿勢でじっとしてることが多いから、肩とかすごーく凝ってると思うんだ。マッサージしてあげてよ。それでも治らなかったら、モーガとかイザイアに診てもらうから」
「ミーロ」バストラルがボクの肩に手を置いた。
グァラルの困った顔を見て、バストラルは、もうよせって言いたそうだったけど、ボクは食い下がった。
「ねぇ、痛みを我慢してるバストラルを見るのはつらいんだ。お願いできない?」
「頼ってくれんのは嬉しいが、俺はプロじゃねぇんだ。資格を持ってるわけでもないし。こないだは、フィロメナから教わって、にわか仕込みでやってみたんだが……」
「へぇ! それでうまくいったんだ。才能あるってことじゃん」
「才能ねぇ……。すまんが、いま手が離せなくてな。俺より上手い奴がいるから、そいつに頼んでみたらどうだ」
「えっ、誰なの?」
「キタエットルだ。あいつ、力の加減が絶妙に上手くてよぉ。フィロメナがマンドラゴラのマッサージをしてるのを見て覚えたらしい。あいつのほうがよっぽど才能があると思うが」
まさかまさかのキタエットル……。バストラルのこと苦手っぽいのに、頼みを聞いてくれるかなあ?
「わかった。ごめんね、無理言って」
「いやぁ、ほんと悪いな。申し訳ない」
弱りきった顔で、グァラルはまた部屋に引っ込んでしまった。
やっぱり、太鼓の手入れをしてたんだね。じゃあ、しょうがない。
「どうする、バストラル? キタエットルに頼んでみる?」
生真面目なバストラルは、さすがに女性には頼みづらいよね。
「こうなればもう誰でもいい。ビースト部屋に行くぞ」
ああ、相当つらいっていう線が濃厚になってきた。ヤケになってるね。
「待って待って。キタエットルはボクが説得してみるから、部屋で待っててよ」
「ーーああ、すまん」
*
「お邪魔しまぁす……」
そーっと覗くと、キタエットルが興奮した様子ですっ飛んできた。なになに、どうしたの!?
「ギュムッ、ギュフン、ギュムムム……!」
両肩をガシッと掴まれて揺さぶられた。なんか、すっごい心配してくれてたみたい。バストラルの匂いでも嗅ぎつけたのかな。
〝おまえっ、あの鷹の目と一緒にいたのか、大丈夫だったか!?〟っていう感じ。ボクもバストラルのこと怖がってるって勘違いしちゃったのかな。ほんと、やさしーなあ。
「あ、うんうん。大丈夫だよ。そーっとあとをつけたくて隠れちゃっただけだから。心配してくれてありがと」
「フムーン……」
〝そうか〟ってホッとしてる。青筋立ってた二の腕の筋肉がふわっとやわらかくなった。
「グァラルから聞いたんだけど、マッサージうまいんだって? あ、あのね、ものすごく頼みづらいんだけど、きみが苦手な〝鷹の目〟に、マッサージをお願いしたいんだ。頼めるかな? 頭痛がひどいらしいんだ。すっごくつらそうなの」
「…………」
腕を組んで考え込んじゃった。
「根は悪い人じゃないんだよ。ショックな事件に巻き込まれて、あんなふうに怖い人っぽくなっちゃったけど、ほんと、悪い人じゃないんだ。ねぇ、お願い。助けて」
「ギュフー……ギュムッ!」
〝わかった。引き受けてやる〟って言ってくれてると思う。マッスルアピールのポーズ決めてくれたから。
「ありがとう! じゃ、一緒に部屋に来てくれる?」
「ギュム」
よかったー! すごい勇気だね。ほんとは嫌だろうに……。
「きゅぅ!」
リザがキタエットルの肩に飛び乗った。
「えっ、リザも来てくれるの? 嬉しいな、ありがとう!」
そういえば、リザもヒーリング能力を持ってたね。あとでフィロメナにお礼を言いに行かなきゃ。
*
「バストラル、戻ったよー」
ノックすると、「入れ」と短く返事があった。
「開けるねー。ねぇねぇ、バストラル。マンドラゴラのリザまで来てくれたよ。これで痛いの治るよ」
「手間をかけさせたな、ミーロ。横になったままですまない。頭の痛みってのは嫌なものだ」
キタエットルがのしのしと部屋に入ってきた。
「このままでも大丈夫?」
「ギュフッ」
〝問題ないぜ〟
親指を立てる〝いいね〟のサインをしてくれた。頼もしいね。
揉みほぐすっていうより、ほとんど撫でてる感じだった。肩のあたりに、あっためるように手を置いて、やさーしく筋肉を挟みながらさする感じで、血流を良くしていってるみたい。そばではリザがヒーリング効果のある花粉を撒いてる。
「ムフーン、ギュムギュム」
なになに? 〝さするだけでも効果があるんだぜー〟って言ってるのかな。ボクもうビーストの通訳できそうだよ。
「へぇ〜、そうなんだあ」
ボクの腕を取って、試してくれた。あったかくて気持ちいい〜。筋肉量が多いから、熱量も多いんだね、きっと。
「ホントだ。やさしくなでてるだけなのに、緩む感じがするよ」
「ギュムギュム」
〝だろ? うんうん〟
それからまた、キタエットルはバストラルのマッサージに戻った。
「頭痛があると、横になってもつらいよね。大丈夫?」
「ああ、さっきより……和らいできた感じだ」
へぇ〜すごいじゃん! 痛み止めの薬を飲んでも、四時間くらいしないと効いてこないのに。
「よかったね、これでゆっくり眠れるようになるよ。ーーあれ、バストラル……?」
なんか静かだなーって思ったら、バストラルは目を閉じて寝息を立ててた。
「寝ちゃったね……」
キタエットルは人差し指を立てて、〝しーっ〟って動作をした。わかった、黙るよ。
マンドラゴラの花粉が優しく金色に輝いて、とっても綺麗だった。うっとりするくらい。キタエットルは、バストラルのこめかみのあたりと、肩と首を念入りにマッサージしてた。最後のほうは、そっと手のひらを当てるだけになっていて、その頃にはもう、バストラルはぐっすり熟睡しているみたいだった。ずっと眠れていなかったのかな。
その様子を見て、リザは花粉を振り撒くのをやめ、キタエットルはボクの背をそっと押して、部屋を出るように促した。
*
ビースト部屋まで来ると、ボクは思わずキタエットルに抱きついた。
「ありがとう! ほんとに助かったよ」
「ギュムン! ギュフッ」
〝いいってことよ。またなんかあったら声かけなー〟
うわぁ〜、男前だね。キタエットルみたいな気概を持ってる人を(今回はビーストだけど)、ほんとのナイスガイって言うんじゃない?
「リザも、手伝ってくれてありがとうね」
「きゅ!」
細っこい体だったけど、ぎゅーってハグしちゃった。
ビーストたちに再度お礼を言って、部屋を出た。その時ちょうど、向こうからフィロメナが歩いてきたから、これまでのことをお話ししたよ。お礼もね。
「まあ、そうでしたか。そんなことが……。キタエットル、頼られて嬉しかったでしょうね」
「うん、すっごい頼もしかったよ!」
「あの子、私がすることをよく見ていてね、リザもそうなんですけど、周りのビーストのお世話をしてくれるんですよ。キタエットルはいつの間にかマッサージもやってくれるようになって……。ほら、戦闘のあとのビーストたちは、足を挫いていたり、筋を違えてしまっていたりするから、そのケアをね」
「へぇーっ、すごいんだねぇ」
重ねてお礼を言うと、フィロメナはビースト部屋に行くからと、ボクたちはそこで別れた。
*
翌日、元気になったバストラルが、フィロメナにお礼を言いに行ってた。すっかり顔色がよくなってたから、痛みからは解放されたみたいだね。
「ミーロ、礼を言うぞ」
食堂でエメトロと朝ごはんを食べていると、バストラルがやってきた。エメトロが気を使って立ち上がりかけた。「話があるなら、席を外そうか?」
「いや、いい。大したことじゃない」
バストラルは手を上げて押し留めた。
「頭痛、治ってよかったね!」
「世話になったな。ーーあとで一緒に、キタエットルのところまでついてきてくれるか。礼を言いたいが、俺の言葉で通じるのかどうか、自信がなくてな」
「いいよ、一緒に行こう。食べ終わったら、声かけるね」
「ああ、ゆっくりでいい」
バストラルは部屋に戻って行った。
「キタエットルのマッサージは、そんなにすごいのか」
「エメトロもやってもらったらいいよ。クセになるよ」
「ふーむ。そうだなあ、今度頼んでみるか。彫刻に夢中になると、肩が痛くなるからな」
「ほっとくと頭も痛くなるよ?」
それからエメトロとは、ビーストの能力について話が盛り上がって、少し長引いちゃった。
*
食器を片付けてから、急いでバストラルの部屋に向かった。
「バストラル、ミーロだよ。遅くなってごめんね」
ノックすると、ちょっとしてから扉が開いた。
「すまんな」
「じゃあ、行こう!」
ビースト部屋に着くと、例の如く、そーっと挨拶した。
「キタエットル……?」
そっと覗くと、ラットルのマッサージ中だった。エライなあ。ちゃんと後輩の面倒見てる。
「ギュム?」
声をかけると、顔を上げてこっちを見た。ラットルも同じように顔を向けた。
「バストラルがね、お礼を言いたいんだって」
「今回は世話になった。心から感謝する」
バストラルが頭を下げると、キタエットルがのそっと立ち上がって、右手を差し出した。
「ムギュー、ギュフギュフ」
「……なんと言っている?」
「〝治ってよかったな。顔色いいじゃねーか〟ってさ。握手してあげて」
「あ、ああ……」
戸惑いながらバストラルが握手すると、キタエットルが空いている左手で、バストラルの肩をバンバン叩いた。
「ギュフン!」
「〝次も遠慮なく言ってくれ〟って。よかったね!」
「助かる。ーーミーロ、今日は何か用事あるか? あー、その、なんだ……買い物があったら付き合ってやってもいいぞ」
「ホント⁉︎ ネロの市場に行きたかったんだ。フルーツを買いに行くの」
「わかった。重いものがあったら持ってやる」
「ギュフフン! ムギュー」
その時、キタエットルが両方の二の腕をムッキムキにして声を上げた。
〝お前は無理しちゃいけねぇ! 荷物なら俺が持つぜ〟
「なんだって?」
バストラルが聞いてきたけど、ボクがそのまま通訳する前に、リザがボクたちとキタエットルの間に割り込んだ。
「きゅー、きゅ、きゅぅ」
〝『親子』水入らずで行かせてあげようよ〟
おお、なんという気遣い。きみはどこまで素晴らしいビーストなんだ。
「ミーロ?」
「え、ああ、えーっとーーキタエットルは、荷物は俺が持ってやるって言ってくれたんだけど、リザが、他の仲間たちの世話があるでしょう?って。ねっ、リザ」
リザがものすごい勢いで頷いてる。
そのまま伝えちゃうとさ、ね。いろいろあるんだろうなーってことは、リザはよくわかってくれてるみたいだから。バストラルに花を持たせてくれたんだね。
「ムギュ……?(親子じゃないだろう?)」
「きゅーぅ!!(違うけど、空気読んでよ!)」
キタエットルはいまいち、人間関係というものがよくわからないみたいで、リザは珍しくイラッとしたみたい。細い根っこみたいな腕を、鞭のように振り回して、ピシャッと床を打った。
「……喧嘩腰になっているようだが、大丈夫か?」
「い、いつものことだから大丈夫だよ。お買い物行こう。お昼前までに行かないと売り切れちゃうから。さ、ほら、出て出て」
「ああ……」
*
リザのおかげで、楽しくお買い物できたよ。といっても、ボクが一方的にしゃべる形になっちゃったけど、バストラルは嫌な顔ひとつせずに聞いてくれた。フルーツを選んでいる間、バストラルはどこかに行っちゃってたみたいだけど、どこに行ってたのかは、後でわかった。
果物屋さんでの買い物を終えて、バストラルを探していた時、アクセサリー屋台のドワーフのおばちゃんから声をかけられた。
「そこのリザードマンのお嬢ちゃん! ちょっと来てくれる?」
「えっ、なあに?」
「これ、あなたのお父さんからよ。娘に渡してくれって」
おばちゃんが手渡してくれたのは、オレンジ色の可憐な花の飾りがついた髪留めだった。
「わぁ! 可愛い!」
「お父さんにお礼を言ってね。男親ってのは不器用なものよね。うちの亭主もそうなんだけどさ。ホラ、ドワーフの男どもって、変なとこでアタマ堅いじゃない?」
「わかるよ。うちの〝おとーさん〟は特に照れ屋さんなんだ。ありがとう、おばちゃん!」
「はいよ。よかったら、また来てね」
「うん!」
市場の出入口あたりまで来ると、バストラルが待っていてくれた。
荷物を持ってくれて、二人でキャラバンまで歩いた。両手が空いたから、早速髪留めをつけてみたよ。
「バストラル、髪留め買ってくれてありがとう! とっても気に入ったよ」
「……よく似合ってる」
ボソッと無愛想に呟いた。バストラルらしいよね。
いろんな人が同じところで共同生活すると、いろんな形の絆が生まれるんだなーって思った。実の親子じゃなくても、兄弟でなくても、種族が違っていたとしても。
今日は本当に楽しかった。幸せな一日を、ありがとう!
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[タリス一言]
お読みいただき、ありがとうございます。
続きはコメ欄にて↓
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[タリス一言]
お読みいただき、ありがとうございます。
続きはコメ欄にて↓
コメント
1
タリス
ID: kt2r9p4fs5em
[タリス一言]
文字数オーバーしてしまったので、コメント欄にて失礼します。
久々に風邪をひき、発熱で臥せていたので投稿が遅くなりました。
前回のお話の翌日、ということで…。
頼み下手なバストラル。
図々しいくらいグイグイ突っ込んでいくミーロには、随分助けられている部分があるのではないかと、こんなお話が浮かびました。
キタエットルへの希望がモリモリ入ってしまいました。
スミロフはヨッパラットルと会話成立していたので、おそらくミーロにも…。(勝手な憶測と想像です)
言語の意味はわからずとも、雰囲気でなんとなく通じることがある外国語と一緒です。
撫でるだけのマッサージは、体に良いそうですよ。
皆々様も、ご自分の身体を労ってあげてくださいね。
かゆくなった時も、押さえるようにして手のひらを当ててみて下さい。
〝手当て〟として伝わる古来よりの治療法ですね。