アオバの旅日誌

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Makeup and go : 2話 「変装」


クレヴィス×ドワーフアヴァターの潜入モノ

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「ねえ、やっぱり他の人に頼めない?」

少女の目尻に墨を入れつつ喋る。
さっきまで本当の本当に、引き受けるつもりじゃなかったのにな。
……報酬がヌーア大陸産の化粧品じゃなければ。

「依頼書にサインしたでしょ?」
流石に反論の余地はない。黙って反対の目にも同じように描く。

ここはキャラバンの空き部屋だ。パーティにノーメイクで挑む訳にもいかず、
どこからか大きな鏡を持ってきて仮のメイクルームとしている。
化粧初心者に自由にやらせて無駄遣いになるとなんだから、と
仕方なく私が二人分筆をとることになった。

してやられたなあ、と眠たげとよく言われる目をさらにすぼめながら、
パレットに並んだアイシャドウを吟味する。
商売道具ってことで、普段から変装用の化粧品はそこそこいいものを使っているけど、
目の前に並べられている「今回の報酬」…ヌーアの砂漠で作られたものは別格、最高級品だ。
さらに人気に反して流通量は極めて少ない。絶対必要って訳じゃないけど、目の肥えた貴族なんかを相手取るときには心強いだろう。
それを「前払いで確実に」手に入れられる。もし任務に失敗しても返却不要ってことで損はしない。
それでも、メイクや身分の設定を手伝って、しかも潜入にまで付き合わされると思うと
__ああ、めんどくさい。
っていうか、依頼をまんまと受けさせられちゃったのが、舌戦で負けたみたいですっっっっごく嫌。

「全く、小さなドワーフ1人に随分な仕事を押し付けてくれたもんだ!」

だから文句が口からちょっと漏れるのも多少は許してほしい。
薄く眉墨を入れる。今の流行りは釣り眉だ。

「もー、元からクレヴィスは基本ワンオペじゃん。そもそも私も一緒に行くんだからね」

すかさず丸顔から言葉が返ってくる。目を閉じてキャンバスになりつつも、口は噤むつもりがないらしい。私も勝手に喋るからいいけど。

シェーディング用の大きい筆をとる。今回の「年齢設定」的に影はあまり入れない方がいいだろう。どこから見ても自然になるように気をつけながら、薄くハイライトをのせる。

「それだよ!ワンオペならまだしも、君の分の世話まで見なきゃならないんだからね。
ついてきて何するつもりなのさ、
私1人で行った方が成功率は高いって、君もわかるだろ」

リップを塗る。高級品なだけあって発色が良く、いつもの感覚で塗ると濃すぎてしまう。

「キャラバンの責任者として同行義務がある。あと前払い分だけ貰って逃げそうだったから。監視」

よく私を理解しているようだ。もちろん口には出さないけど、
今だって監視の目がなければサボっていたと思う。

「はいはい、口閉じてね」

はみ出たリップを拭き取って、
中心にグロスをのせる。完成だ。

「オーケー、もう目を開けていいよ」

本当はもっと前から、具体的にはハイライトが終わった時点で目を開けても良かったんだけど、と心の中で付け足す。

「ほんとに?」

恐る恐る、といった感じで、ブラウンのアイシャドウで縁取られた瞼が上がる。

「…わ、あ」

大きく見開かれた目。鏡に向かって顔を傾け、
僅かに跳ね上がったアイラインの角度や頬紅をひとつひとつ見て
その精巧さを確かめては、感嘆の声を上げる。
何に遠慮しているのか、その感動の声がやけに小さい。
言葉は最小限でも、いつもは誰に憚ることなくはっきり喋る癖に。
なんだかおかしく思えてしまって、顎を触るふりで口角が上がったのを誤魔化す。

そうしている間に一通り感動を終えたのだろう。
やっと私の存在を思い出したかのように、完璧な化粧の施された顔がこちらを振り返る。

「別人みたいだね」

「別人に見えなきゃ困るよ」

といっても彼女の化粧に関しては、目鼻立ちをはっきりさせる”普通のメイク”と大差ない程度だ。
まあ私と違って社交界で顔が割れているとかもないし、
追加で髪の色も変えれば十分だろうということで予め合意がとれている。
そもそも変装の技術は企業秘密。
流石に技を盗めるような距離で披露することはできないからね。

ただ半ば商売でやっていることだから、”別人にする”メイクの腕には自信がある。
今回も良い仕上がりだ。満足感が口の端にあらわれるのを感じながら、言葉を続ける。

「いやはやさすが高級品、仕上がりが違うね」

自分の成果って、いくらでも見直せるよねえ。どこに力を入れたか、どこがうまくいったかって考えるだけで、完成した感動が何にもなって楽しい気持ちになる。

「今回のポイントはやっぱり光沢感かな。ヌーアの鉱物を含んだファンデーションはカバー力も高いうえに、16歳のメイクとして100満点の自然な肌質を演出している。
それに頬紅!あの馴染みやすさには感動すら覚えたなあ…」

パーツごとに評価を口にしながら喜びを嚙みしめていると、

「…私を褒めてはくれないの?」

ぽつり、と尋ねられた。
けど、私がそう言われて素直に褒めるわけがないし、からかいの種にするだけだ。

「リップサービスかい?そりゃあ大得意だとも。でも私に言われて嬉しいのかな」

私に気があるってこと?と言外に含ませ
いかにも露悪的に、ニヤっと笑って見せる。
だが少女は赤面するでもなく、辟易するでもなく、
ただ、

「…もちろん。嬉しいよ」

とはにかんだだけだった。

「え」

なんだよ、それ。

「あは、じゃあ着替えてくるね!…このメイク、後で教えてくれる?」

たぶん、「考えておく」とか言ったんだと思う。
絶対教えてくれないやつじゃん、と笑いながら隣の部屋に消えていく後ろ髪へ
「ドレスに化粧を移さないようにね」となんとか声をかけた。

「…」

もう行ったよな。
はあ、と軽く息を漏らして初めて、柄にもなく息を詰めていたことに気づく。
何だったんだ、あれ。
彼女が一瞬見せた、照れたような顔を思い出して
何故かぐしゃっと顔に皺が寄る。

あんなの、まるで。
懸想していると言っているようなものじゃないか。

まあ、怪盗らしくハートを盗んじゃったみたいなことは今までにも何度かある。
あるにはあるけど、それは人を利用するため、故意にそうしたことばかりで。
自分で言うのもなんだけど、人を誑かしたり騙したりしかしてこなかったから、最後には引っぱたかれたりするのがオチだった。
当たり前だ。人を騙すのが趣味なんて知ったら寄って来るのは憲兵だけ。
例の宗教の奴らが奇特なだけだ。
だから。

ぐ、と拳を握り締める。
これは、そうだ。落胆だ。

賢く才気ある君が、限りない人脈の中で私を選んだ。
その愚かさに対する落胆。

「あーあ、」

こんな事に気づくなら。

「ほんと、依頼なんか受けなきゃよかった」

これから自分も使うメイク道具に向かって、大きなため息をついた。


アオバ

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