vinciの旅日誌

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転生したらラットルだった件 ショートストーリー


ショートストーリー
「転生したらラットルだった件」


その日も残業を終え妻の待つ家に帰ってきた。 温かい食事と温かい風呂を済ませアニメとソーシャルゲームに勤しむ。
明日は久しぶりの休み。思う存分趣味の世界に没頭しようとするが、日々の疲れからか瞼が重い。
半眠半起の状態でスマホを操作するが何をしているのか自分でもよくわからない。
テレビから流れる声が少しずつ遠くなる。



ふと気づくと俺は野原にいた。
こんな所に来た覚えがあるわけもない。
「ここは?」 疑問が口から漏れる。
しっかりと周りを見渡すと何処か見覚えのある景色が広がっていた。
少し向こうでは小動物のようなモノが歩き回っている。
その生き物が気になり近寄ってみる。
小動物に逃げられないため静かに静かに近寄る。

目と鼻の先ほどの距離に近づいてもソノ小動物は逃げも隠れもしなかった。
俺はこの生き物を知っている。今ハマっているゲームのキャラクター、もといビーストだ。
しかし、 俺が知っているビーストよりもずいぶんと大きく感じる。
実物はこんなにも大きいのであろうか。
改めて周りを見渡してみると岩や草木がやけに大きく感じる。
混乱していた頭が少しずつ冷静さを取り戻す。少し考えてみる。
「まさか…」
小さく震えているのが自分でも分かる。
俺は恐る恐る自分の手を見る。
普段見慣れた両手はそこにはなく、 見慣れない手が眼前にある。
指は長く、 掌は小さい。
腕は細いが足は異様に大きい。
身体を見ると大量の毛に覆われていた。
冷静さを取り戻したはずの頭が混乱を取り戻す。
ハッとして目の前の生き物と自分を見比べてみる。
その生き物は相も変わらずに、ただただ歩き回っている。
その歩き回る生き物と自分が瓜二つな事に俺は気づいた。

俺はラットルになっていた。


しばし考える。
まず、 なぜ俺がここにいるのか。
なぜ、ラットルなのか。
これは夢なのか現実なのか。
十中八九 夢だとは思うのだが、ここに来る直前まで見ていたアニメの影響か『転生』の2文字が頭を過ぎる。

最近は、仕事が忙しく睡眠もまともに取れていなかった。飯を食いはするが、疲れやストレスからか胃が受け付けてくれず、1口2口だけで食事を終えてしまう日も多い。
どこか身体が重く、朝 鏡に写る顔には覇気がなかった。
「もしかして…」
嫌な考えが頭に浮かぶ。
確かに身体は疲れきり、心も枯れ始めていた。
だが、人がこんなにも簡単に死ぬのだろうか。
俺には想像もつかない。

夢か死か。
確かめる為に俺は頬をつねってみる。
だが、その手は頬には届かない。
頬もいつもとは違う気がする。そもそもラットルに頬があっただろうか…

困り果て俯いていて気づく。
無駄に大きな足がある。この足でもう片方の足を踏めば痛みを感じられるのではないか。

俺は右足をあげた。
だが、なかなか左足を踏みつける事が出来ない。
もし痛みが走ってしまったら…
コレは夢などではなく、俺は死んでしまった事になる。
優しく可愛い妻に別れも告げられずに死んだ事になる。
その恐怖や後悔に直面するのが恐ろしくて上がった右足は宙に留まる。
勇気が出ない。

俺は足を踏むことを諦めた。
どうにも勇気がでなかった。
考える事と片足で立っていた事に疲れ、腰を下す。
「!!」
腰を下ろした時に痛みが走った。走ってしまった。
俺の臀部の下には尖った小石があった。ソレが絶望を走らせた。
瞬間。俺は泣き崩れた。
小石の刺さる痛みになどではない。もっと大きな。腹を食い破られるような虚無感と絶望感によって泣き崩れた。
「ごめ…。ごめんな…まだ沢山一緒にいだがったのに。ごめんな。」
それからしばらく俺は身動きが取れなかった。
『転生』という現実に打ちのめされ、身体がいうことをきかない。
ただ、目に映る夕日が血潮のように赤い事だけはわかった。


『転生』という絶望と出会ってしまってからどれくらいの時間が流れただろう。
気がつくと空には太陽がしっかりと昇っていた。
泣き疲れて眠ってしまったのだろう。

まだ現実と向き合う事が出来ない俺は、周りのラットルを尻目にただただ立ち尽くしていた。
ぼうっと遠くを見ていると何か大きなモノが近づいてくる。
機械のようなオモチャのような何か。
ソレには足があり目もあり、古屋のような物を背負い、大砲なども備えているようだった。
まるでジブリに出てくる『動く城』のミニチュアのようだった。
俺はそれも知っていた。
ラットルと同じ世界に存在する不思議な機械。キャラバンだ。


よく見るとキャラバンに誰かが追われていた。剣と盾を携えた少女がキャラバンの前を走っている。

助けてあげたい気持ちはあったが、いかんせん今の俺はラットル。
キャラバンに勝てるわけもない。
何より昨日からの絶望で身体が思うように動かなかった。
すると、意を決したのか少女が立ち止まった。
しかし少女は振り返りもせずに何やら草を拾っている。
このままでは少女がキャラバンに踏み潰されてしまう。俺は目を背け耳を塞ぐ。
俺の手は耳にも届かなかった。

目を瞑った世界に、踏み潰された少女の悲鳴が響くと思っていたが、何も聞こえない。
ただ風の音が聞こえるだけだ。
恐る恐る目を開けると少女は先ほどと変わらぬ場所に立っていた。

キャラバンはその少女を見守るかのように少し後で停止している。
少女が別の草を集めに行くとキャラバンも少女の後をついて行く。
なるほど。どうやらそのキャラバンは彼女の持ち物らしかった。
追われているわけでは無かった事に俺は胸を撫で下ろした。


彼女の顔にも何処か見覚えがある気がした。
だが、先ほどから頭にモヤがかかったように記憶を引っ張り出す事ができない。
過度のストレスの為だろう。

絶望に打ちひしがれていた俺にはキャラバンの少女は希望に思えた。
誰でも良いから俺の話を聞いて欲しかった。
自分が別の世界から来た事、 その世界ではラットルなどではなく1人の人間だった事。
誰かに話せばコノ絶望感が少しは軽くなる気がした。


このまま此処に立ち尽くしていても何も変わらない。
俺は勇気を出して少女に話しかけに行ってみた。すると少女も俺の方に向かって来てくれた。心なしか少女は笑顔に見えた。
「あ、あの!!」
俺が話始めようとすると少女は俺の前で立ち止まった。
何から話せば良いのか。
「僕は悪いラットルじゃないよ!!」
とでも言えば良いのか…
アレやコレやと困惑していると、キャラバンにある古屋の扉が開いた。

中から人がゾロゾロと出てくる。

魔女のような衣服包まれた少女。
細い目をした緑色の服を着た青年。
コック帽をかぶった少女。
どこか気品のある杖を持った少女。
青い球体を持ったメガネの少年。
彼らは皆一様に優しい顔をしていた。

いきなり現れた大勢の人間に戸惑っていた俺だが改めて声をかける為にもう少し近づいてみる。
すると剣と盾の少女も近づいてきてくれた。
「こんにち…」
挨拶をしようとしたその時、 俺の胸元にスーッと清涼感にも似た感覚が走った。
だがその清涼感も束の間、すぐに痛みが走る。
驚いて自分の胸元に目を向けると赤い液体がボタボタと滴っている。
何が起こったのか考えながら少女にも目を向ける。
すると少女は回転しながら剣を振り回し、再び俺の肉を切り刻む。
「痛い…痛い…痛い…痛い…」
それしか考えられなかった。

誰かに助けを求めようと、必死にキャラバンの近くにいる人間たちに近づこうとするが、どういう訳か少女の方にしか体を向けられない。
逃げようともしたが、 体は少女の方を向き続ける。
再び振り下ろされる剣。
先ほどの傷の上から新たに刻みつけられる新しい切り傷。流れる赤い液体。
地面は真っ赤に染まっている。

少女に釘付けになっていると、シュッという音とともに肩にも激痛が走る。
肩を見ると棒のようなものが深く刺さっている。
「ぎゃ」
声にならない声がでる。 それが矢だと気づくには少し時間がかかった。
矢が飛んで来た方を見ると細目の青年が次の矢を構えている。 おれは刺される痛みを初めてしった。

切り刻まれ続ける身体、 矢によって貫かれ続ける身体。どれも間違いなくおれの身体だ。
痛すぎて声も出ない。
なのに足は、体は少女に向かっていく。

「……フィート!!」
幼く可愛らしい声が遠くから聞こえた。
周りが何かに赤く照らされる。
その何かを確認しようと上を見ると同時に今までとは違う感覚と息苦しさに襲われた。
それが熱さだと気づくのにも時間がかかった。

全身がヒリヒリする。切り傷や刺し傷とはまた別の痛み。ジワジワと広がる痛み。焼ける肉の匂い。
身体中の皮膚が敏感になっているのが分かる。
その肌を再び切る少女。貫く青年。焼き続ける少女。
肌は焦げ、吹く風で音が鳴りそうな穴が空いた体、落ちる指、鼻。
なぜ僕がこんなに痛めつけられないといけないのか。 
遠くなる意識の中で気づいた。自分が自分を僕と呼んでいる事に。

人は抗う事が全く出来ない相手に遭遇した時に弱者になるのだろう。弱者たる自分はもう「俺」ではなく「僕」になってしまうのだと知った。
意識は遠のき、痛みも感じなくなってきた。
だが、自分の身体が減っていく感覚はまだあった。今は目が潰されたのだと思う。次はどこが…

「やっと死ねる。」
数時間前までは死んだ事に絶望した僕だった。その僕は今「死」に安堵する。妻に会えなくなった苦しみも刻まれ焼かれ続ける痛みも「死」が全てを救ってくれる。



ふと目を覚ます。
全てが見覚えのある風景。


明るい日差し、吹く爽やかな風、香る緑。

視界の端では少女らがラットルを切り刻み焼き尽くしている。
少女らはラットルの死体を尻目にこちらへと向かってくる。

僕は逃げられない。
僕は歩き回る事しかできない。
誰か…
誰か…

再び少女は回る。飛び散る肉片。
再び青年は射る。潰れる左目。
再び少女は唱える。焼かれる肺。

死んでも死んでも同じ所に僕は戻され続けた。何度この苦痛をこの身に受けたか分からない。僕が泣き叫ぼうともキャラバンの少女らは止めてはくれなかった。
痛みの中で何も考える事ができなかった。
走馬灯なんてものも見えなかった。
ただ見えたのはあの時と同じ夕日だけ。
もう日が沈む。夜になる。
あと何度殺されれば開放されるのだろう。
太陽が沈むのを見送りながら僕はまた死んだ。



目を覚ますと俺はベッドの上にいた。
横を見るとスマホがついたままになっている。
画面を見てみるとヒュマアバが走り回っていた。
「寝る前に干し草集めしてたんだった…」
自動巡回を中止しようとすると戦闘が始まった。
どうやら、素材マークとビーストマークの両方がついていたらしい。

時計を見ると夕方になっていた。
いったい十何時間眠ってしまっていたのだろう。
「あなたー?」
優しい声が聞こえて俺は寝室を出る。
「おはよ。」
俺は目頭を熱くしながら妻に微笑む。
「たくさん寝てたわねー。疲れてそうだったから起こさなかったけど、、、大丈夫?」
妻は心配そうな顔を向けながら夕飯を運ぶ。
「大丈夫だよ。ありがとう…ありがとう…」
色々な感謝の気持ちを伝えると同時に腹の虫が鳴く。
妻は「フフフ」と笑いながら、主菜を運んでくれた。
今日の夕飯は炒めものらしい。
俺は妻に申し訳なさそうに言う。
「ごめん。魚を焼いてくれないか?」
少し不満そうな妻が魚を焼き始める。

しばらく僕は、焼いた肉を食えそうにない。


vinci

コメント

1

イアルの冒険者

アキラ

ID: umka3e7qsdym

見入ってしまいました!

転生ラットルがめっちゃ強くて天下を納める
そんな転生無双物語を次は宜しくお願いします!(*≧∀≦*)

2

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vinci

ID: 42tbevsj6big

>> 1
コメントありがとうございます!嬉しいです!
無双系ですか…書いてもプロの方々の五番煎じくらいのどこかで読んだようなものになってしまう気がします…
でもネタが降りてきたらやってみます!!

3

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saya★༄ω

ID: xbvnq4sje29m

どんなに恐しく背を向け逃げたくても
それを許さない挑発状態。。。
改めて恐ろしいスキルですね(T ^ T)

4

1000いいね達成

vinci

ID: 42tbevsj6big

>> 3
コメントありがとうございます。
ですよね。。。その恐ろしさに頼らねば生きていけない我々のなんと無力なことか。。。
使いますが笑

5

りょうこ

ID: psxqzpaedvk6

ウッ、
ベネカ、マルバス、ミンミが怖く思えてきた
((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル

6

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vinci

ID: 42tbevsj6big

>> 5
ペネカかぁ。。ペネカはいないですねー